仕事、遊び、趣味、生活、環境、社会。


この世には1人だけが頑張ってもどうしようも出来ないことが、ホントに多くある。


「だから自分は何もしなくていいや~。」「出来る人に任せとけばいいや~。」


って、思う人も、意外と多いだろう。


「いやいや、俺は違う!自分のやるべき事はやってるって!」


そう思う人もいるだろう。


ま、俺は後者でした。


団体行動、集団生活。協力。


あんまり好きじゃなかったけど、自分は十分適応出来てるって思ってた。


自分の責任はしっかり果たしてるし、仕事も完璧。


そんな自負が、いつでもあった。


ほんとに、だいぶ大人になるまで、自分に足りないモノがあるなんて思ってもいなかった。



雰囲気を合わせたり、動きを合わせたり、キャラクターを自在に変化させたり。


舞台に立つ人間として、器用なことを武器にして生きて来た。



そんな感じで人とも付き合ってきたし、仕事場、プライベートと、キャラを変えて演じることが、いつしか普通になっていた。



よほど自分に近い人の前でしか、自分の感情をあらわにしないし、


自分によほどの責任と権限が与えられない限り、仕事上で自ら率先して何かをやる事もない。


それで十分だと、勝手に思っていた。


それが「自分の生き方」なんだと。




もちろん、十分なはずなどなかった。



それまで上手くいっていたかに思えた仕事、人間関係が、なんか違和感を覚えるようになり、


少しずつ大きな歪みになっていった。





本当の自分はなんなのか。


みんなの役に立つ、みんなに必要とされる存在とは、何だろう。


そんな事を、壁にぶつかって初めて考えた。





自分を演じて、自分に合理的な考え方をしているってことは、


自分以外の人間に、本音や情熱など伝わるわけもなく、


理屈や、そろばん勘定だけではない「大切なもの」を、


つくれるはずがない。



そんな簡単なことに、




だいぶ大人になって気付いた。



技術や攻略法では、気持ちはつかめない。


本音と情熱を人に伝えて、


しかもその人達と一緒になって考えて、感じて、行動して、



初めて「みんなでつくる」事になる。



言う、聞く、動く。もちろん大事。



そして最も大事なのが、


「感じる。」



相手の気持ち、その場の空気、これからの予感、それまでの過程、、、、


知識として知る。技術として提供する。


それも大事だけど、「感じた」うえで、の話だ。





みんなでつくる、これからの未来。


自分に何が出来るか、もしまだハッキリ自分で認識できていないのなら、


とりあえず「感じて」みよう。


今までの自分の理想や経験がひっくり返されるような出来事に出くわしたら、


その雰囲気を「感じて」みよう。


「感じて」そのままを身体で表現すれば、


必ず相手は反応するはず。



絶対に自分は1人じゃない。


必ずその反応を待ってる相手がいる。



そしてその反応を、



「感じたい」と思っている。