いつ頃からだったか、とんと記憶にない遥か昔、俺にはこの部屋が世界のすべてになった。

きっかけも無い。

俺の行動は人々が寝静まった夜中、母ちゃんの財布から小銭を取り出し近くのコンビニへ行くのだけ。

その他は全くここから出ない。

 

学校に行けなくなったのは中学の頃。

いじめられたわけでもない。

ただ、行きたくなくなっただけだ。

本当のこと。

 

当時はまだ父親も、じいちゃんばあちゃんも生きていた。

けど、母ちゃん以外みんないなくなった。

 

みーんな死んじまった。

その時は少し焦った。

きっと、一人になるのが怖かったんだと思う。

 

今は母ちゃんだけ。

 

こんなおれも今では50になる。

引きこもり歴だいたい35年以上になる。

正確には13で引きこもりになったから37年間になるな。

 

当時は先生や同級生が勝手にやって来てさかんに学校に来いっと余計な世話をやいていたな。

こまったもんだ。

心配した母ちゃんは引きこもり専門家?みたいなやつを連れてきたな。

親父は母ちゃんをさかんに責めていた。

母ちゃん、よく泣いていたな。

 

こんないい加減な家族が俺みたいな人間を作るのだとつくづく思った。

 

だが、こんな俺にもただ一人味方みたいなもんがいた。

弟だ。

三つ下の弟は俺と違いやたらと出来が良い。

だいたい、引きこもりなんて背負っている家庭には出来の良い人間が一人はいるものだ。

 

勿論勉強も出来、進学校に通い、国立大学を主席のような成績で卒業し、都内のIT企業に無事就職し、家庭も持っている。

親孝行な弟だ。

 

こいつが、引きこもっている俺の為に、自分が学生時代使っていたゲーム機とPCを置いていってくれていた。

つまり、使ってくれと言う事だった。

 

引きこもりの俺にとって、このゲーム機とPCで見る動画がゆういつの楽しみになっていった。

 

だいたいの時間を弟が置いて行ってくれたPCでの動画鑑賞とゲームに費やしている間に俺はとある動画にはまってしっまた。

 

なんてことない猫動画だった。

 

 

 

飼い主と猫の日常をつづっているだけのたわいのない内容だ。

猫の種類は素人の俺には分からなかったが、なんとも愛らしいしぐさがたまらなかった。

 

主人は俺よりかなり年下でだいたい30歳前後だろうか?

独身の男だ。

何の仕事をしているのかまでは、はっきりと分からない。

 

ただひたすら飼い猫とのたわいない日常をつづっているだけ。

時には一緒に風呂に入ったり、毛布にくるまって寝たり、そんな動画を見ているだけで、俺は幸福感を感じていた。

 

俺の家族との関係は会話すらなかった。

けれども、家族が人間でなければいけないとは限らないと思えた。

素直になれる自分に驚いていた。

時には泣いたり、笑ったり、自分でも驚くほどに心が動いた。

俺の人生でそんな感情を持つなんて思ってもいなかった。

 

一緒に泣いたり笑ったり…。

 

猫と主人の動画に癒しを求めたのかも知れない。

 

そんな折、いつものようにその猫と主人の動画を見ようとしたら、突然信じられない内容が書かれていた。

 

「あみちゃん(猫の名前)が昨夜天国に召されました。」

 

た、た、確かにこの頃投稿頻度が落ちていたし、少し体調が悪くなり病院に行ったのまでは動画は観ていたが亡くなるなんて思ってもいなかった。

 

 

俺は自分でも驚くほど狼狽していた。

全身の力が抜けたような感じがした。

 

気が付くと俺は家にある出来るだけの金を集めて出かけようとしていた。

誰と何のために。

 

確かその猫の住所みたいなものがコメント欄に出ていたはず。

PCを開け最新の動画を見た。

コメント欄に住所なんか載っているはずがなかった。

 

暫く考えて、俺は動画投稿者にダイレクトメッセージを送った。

 

「あみちゃんのファンです。

葬儀に出たいのですが、住所を教えてください。」

返事はこのような内容だった。

「大変ありがたいですが、あみの事を思ってくださったなら、静かに弔ってください。」

 

想像していた通りの内容だった。

そのあと、俺はただひたすらに過去の動画を見直してあらゆる角度から主人の住所を見つけようと懸命に努力した。

 

そして、一つの動画に写っている、とある映画館に気が付いた。

それはシネコンと言われているレアな映画を放映する小規模の映画館だ。

そこに主人が通っているという内容の動画だった。

 

そのシネコンの名前が出ていたのだ。

早速に検索して場所の特定が出来た。

 

とある田舎町だったが、ここからそんなに遠くではない。

これから電車に乗り、新幹線に乗り換えれば今日中には着けるはず。

 

かき集めた金を握りしめて家から出ようとしと時に、母ちゃんが仕事から戻ってくる姿と鉢合わせしてしまった。

「どうしたのこんな時間に?」

母ちゃんは俺が出かけると行ったら深夜のコンビニしか想像できないのだろう。

日中の日差しの下で見る母ちゃんはボロ雑巾のような服を着て自転車から降りた。

80を過ぎているのに近くの工場で働いているのだ。

それもこれも俺のせいだった。

俺がまともに仕事もせずに引きこもっているから。

年金だけじゃ俺と二人で食っていけないから。

 

気が付くと母ちゃんの頬に一滴の涙が伝っていた。

 

もう一度やり直そう。

ともかくお天道様の下に出れたじゃないか。

一歩づつでもやり直そう。

 

自然と俺の頬にも涙が伝っていた。

 

母ちゃんごめん。

俺やり直す。

小さな声でつぶやいていた。

 

終わり。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ソデッチでした。