もう死んでしまったが、
母親がこんなことを言っていました。
実家に姉妹4人が集まった際に、
「餃子を焼こう」という話になるのは良いが、
誰も「私が焼きます」とは言い出さないと。
それだけ、餃子を焼くのは苦手という
意識を持っていたそうです。
本当に苦手だったのでしょうか。
私もここ最近、家にある古いフライパンで
餃子を焼こうとするものの
レシピ通りにやっても
フライパンに餃子が張り付いてしまい
お皿には具しか並ばないという状態が続いていました。
今日は少し大きめになるが、
我が家最新のフライパンで焼いてみようと
作戦を変更してみると
何てことはありません。
レシピ通りの焼き餃子が仕上がりました。
結局、今まではのフライパンは
長く使い過ぎていて
表面のコーティングが
はげ落ちてしまっているんでしょうね。
恐らく、母親の姉妹も
昭和世代でモノがない時代に育ってきたので、
家ではもう何年も使っているフライパンで
餃子を焼こうしては失敗していたんだと思います。
餃子以外でもこういう話ってあるんでしょうね。
新しい仕組み、道具を入れれば
スムーズに行くのに、
「もったいないから」「まだ使えそうだから」と
昔ながらの仕組み、道具を活用し続けて
余計な手間を掛けてしまっているということが。
皆さんはいかがですか。
もったいないが、無駄を生み出すこともあるんですよね。