facebookへ引っ越します
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成長
社員個人もそううだし、組織という単位でみたときも
成長が直線的に進むことはない。
成長したかな・・・と思えば、また逆戻り・・・
子どもじみた・・・と思えば、しっかりした姿勢を示す・・・
この繰り返しである。
これは子どもの成長過程と同じなので、ある意味仕方のないことだろう。
マネジメントとしては、大きく見守るところと、厳しく叱るところの勘どころを間違えてはいけない。
では個人はどうすればいいのだろう。
最近の風潮としては、「まあこんなときもある」「自分流でいけばいい」「個性が大事」などと
勘違いを基盤にした、甘える理由に事欠かない。
でも、こんなに自分で自分を甘えさせてどうするんだろう。
自分の小さな甘えが、組織に大きな影響を与えることの怖さを知るべきだろう。
自分以外の人たちのために強くなる努力をしてほしい。
夏が行き過ぎようとしている。
吹き抜ける風が少しだけマイルドになった。
在り方
最近は、新規事業だとか事業計画に考えを巡らせることが多いです。
そこで、私なりの一つの結論は、仕事の成否は新しいビジネスモデルや
革新的な商品やサービスが鍵ではないということです。
どんなモデルも一瞬の内に類似サービスが登場するし、
インターネットの情報流通はクチコミよりも早い。
つまり大切なことは、商品やサービスそのものではなく、
それを生み出しオペレーションの質を向上させ続け、
革新を続ける「人」であるということです。
個人としての「人」も、組織としての「人」であっても、
そのチカラが存分に発揮される環境を創れることが経営者の「人」としての責務だと思います。
そしてそれは、
書き記されたものよりも、
発せられた言葉よりも、
日々の行動よりも、
その人としての在り方、
「存在」そのものが重要だと思うのです。
こんなことは随分言い古されたことだし、今更かよっ!と思うかもしれませんが、
試行錯誤を繰り返し、多くの失敗と少しばかりの成功を経験してみて心底実感することです。
社会人となって30年近く、起業して20年近くが経ち、
漸くこんな基本的なことが判りかけてきたのかもしれません。
自分よりも、自分以外の人たちのために「在り方」を磨いていきたいと思います。
今日を生きる
つくづく腹が立つのは、既得権益を守ろうと姑息な手段で脅しをか
こんな奴らのためにパワーを削がれることほどバ
自分たちの勢力を伸ばすことしか考えてない
本当にお客様のために働いている人たちのどちらに支持が
それでも不条理なことがまかり通る社会は
もっともっと大局的な視点で行動できな
正々堂々と勝負しろよな!
と、ここまで書いて少しスッキリしました。
私たちは私たちの道を爽やかに歩むからね!
さて、ジョブスが言うように、「今日が人生最後の日だとしたら、自分はこの選択をするか?」
という問いを続けることは私には簡単ではない。
もちろんそれが理想で、そうすべきだとは分かる。
それほどの自制と自律が出来ないのが事実。
何かを選ぶことは何かを捨てることでもあるから、選択には勇気がいる。
でも誰に対しても時間は有限だということが、年齢と共に分かりかけてきた。
そう、まだ充分に時間はあるが浪費できるほど余っているわけではないのだ。
勇気ある行動をしようと思う。
目を見て話す
コミュニケーションの方法として、メールやチャット、そしてFBのようなツールを多用していると、
思考が薄くなるし、はらわたを素手でつかみ合うような本物の付き合いは決して生まれない。
要するに、顔の見えない、熱の伝わらないお手軽コミュニケーションでは、人間を深くすることはできない。
遠隔地であったり、普段会えない関係ならばしょうがないが、
こと仕事では仮想コミュニケーションではダメだと思う。
連絡とコミュニケーションの違いすら分からない子どもとは仕事は出来ない。
社内で顔が見えているのにメールでやり取りする人が増えているようだが、一切止めるべきだろう。
人間が姑息で小さくなっちまう。
目を見てきちんと話すから鍛えられるんです。
Responsibility
こんな時代にあって「希望を支えるものは何だろう」。
個人の強さにだけ依存するするのでは重過ぎる気がする。
かと言って、ご機嫌取りのような態度は最悪だ。
日本はシュリンクする経済と超高齢化社会に震災が追い討ちをかけた。
政治家は信じられない。ましてや託すことなどできない。
成熟していくのか、ただ熟して腐ってしまうのか、
日本人に問われているテーマは重い。
いくら重いテーマであっても、これは我々自身の問題であり責任だ。
我々世代に課せられた責任は重い。
「Responsibility」
逃げることなく、ごまかすことなく「Responsibility」を果たさなければならない。
一人ひとりの責任ある「在り方」が希望を支えるのではないだろうか。
月と鳥
2011年3月期(16期)決算が確定し、各方面へのご挨拶と説明がはじまる。
収益性の改善と財務の健全性を評価いただける決算に出来たのではないだろうか。
リーマン前から取組んでいた収益性の改善は、メンバーの努力で相当進化したと思う。
ソリューションを多様化させながら、オペレーションを標準化する困難にチャレンジできた結果だろう。
また財務の健全性は、以前から高く評価いただくことが多かったが、
リーマン以降、劣化したと言わざるを得ない。
それでも管理部をはじめとする努力は驚異的で、その回復には目を見張るものがあった。
財務がしっかりしているからこそ、チャレンジもある。努力に敬意を表したい。
ここで我々経営トップに求められることは、次のステージの創出だろう。
成長著しい若手にビジョンと方向性を示さなければいけない。
オペレーションを確立し、財務がいくら健全であっても、
ワクワクするチャレンジステージがなければ退屈なだけだ。
改善の手を緩めることなく、チャレンジを続けるだけだ。
「月と鳥」
静寂の中に、張り詰めた緊張感がある。
不安と希望は背中合わせだから、明日を迎えることが出来る。












