売国奴に告ぐ
中野剛志氏、三橋貴明氏の共著「売国奴に告ぐ」
今の日本の経済状況や問題の本質を鋭く指摘している本である。
今の日本はデフレです。
この本を読むにあたっては、デフレの本当の意味を知らなくても問題ありません。
だが、政策のことなど分からないオレのような一般人も、この人たちの客観的な意見を理解すれば、どうあるべきかがおのずと見えてくる。
デフレで苦労せずに済んでる人がいます。
公務員、学者、日銀、小金を貯め込んでる年寄り、そして日本の外で稼ぐ企業「グローバル企業」とこの本では言う。
デフレの影響を受けない立場と言っていいかも知れない。
この人たちが悪いという訳ではなく、この人たちはデフレの深刻さを分かりようがないということです。
中でもグローバル企業というのは、資本(お金)がグローバル(国際的)に動けば儲かる。
どういうことか?
より安いコストを求めて安い賃金で済む外国人を雇う。当然現地でだ。
結論から言えば、グローバル企業が儲かれば、日本人の失業者が増える、あるいは低賃金や不安定な立場の人が増えるわけです。
では何故、グローバル企業のやり方がまかり通るのか?
それはグローバル企業の意見が採用されてきたからに他ならない。グローバル企業は日本経済を下支えする重要な産業を担ってる企業が多い。
だから企業利益を優先する「新自由主義路線」を国をあげて率先してきたのです。
ではでは何故、「企業の自由な活動を政府は邪魔をしてはならない」という新自由主義路線は躍進してきたのか?
トリクルダウン理論を信じてきたからである。
トリクルダウン理論とは「金持ちが儲かれば、貧乏人もおこぼれにあずかれる」というアメリカ発の理屈です。
経済成長する前のつい最近まで、日本は皆ある程度似たような貧富の差だったわけだが、経済で競争することを、つまりアメリカ型の格差を受け入れさせるために用いられた理屈だったが、ふたを開けてみれば金持ちは貧乏人に恵むどころか、もっと稼ごうと一人勝ちをもくろみ、敢え無くこの理論は破綻してしまったのは、リーマンショックの顛末を見ればお分かりになるでしょう。
さて、長いデフレ不況で人々は貧しい生活を強いられてる。
貧しい生活とは具体的には戦争直後のような物が足りない状態なのだろうか。
いや、その逆で食料品、日用品など国内に物は有り余っている。
何なのか?
このデフレという危機下では食料不足のような危機でなく、目の前に物があっても買わない、あるいはお金を使いたくならない。
デフレとはある側面、物が有り余る「供給」が多すぎて、「需要」が追いつかないバランスが崩れてることで、売れなくて損をするから一旦作るのを止める。すると作る人手がいらなくなる。
企業が人を減らしたり、雇うとしても安い労働者を探すのは、そういう悪循環の流れです。
こうしてデフレの今、大きく経済全体が停滞しているのです。
大きく経済が停滞してるときにこの悪循環を止め、お金の流れを回すにはある一企業が人を少し雇ってもインパクトとしては小さい。大きく流れを変えるには?
そこで政府の公共投資という大きな経済介入で、たくさんの雇用を意図的に創り出す。
すっかり世論では公共投資というと、汚職や族議員による利権の温床として悪い意味として定着している。
しかし極論すればだが、中野剛志氏、三橋貴明氏ともこれでいいと言う。
経済というのは、市場の競争原理だけに任せ、自由な競争が理想だとするのは景気の波に乗ってるときはそれでいいのだが、本当の危機として経済が停滞するようはときは、トリクルダウン理論などのように絵空事ではなく、しっかり政府が監督しなければ、とんでもない格差を生んでしまうということです。
中野剛志氏、三橋貴明氏が言わんとすることは、デフレのような緊急事態のときに政府が経済をしっかり監督することは、煩わしい「規制」などではなく、公正さを保つための「調整」機能のことなのです。
こういうことを分からない知識人、ビジネス人をはじめとする自由主義者が本当に多い世の中になってしまったのです。
オレはズルをして儲ける奴、おいしい思いをしてる奴がいるからと言って、そのひとり一人をつるし上げたいなど思わない。
しかし、度を越した富(グローバル資本)の集中はまともじゃないと思う。
そういう風潮や政治を後押しする者は、容赦なくこう言っても差し支えないだろう。
「売国奴」と。
今の日本の経済状況や問題の本質を鋭く指摘している本である。
今の日本はデフレです。
この本を読むにあたっては、デフレの本当の意味を知らなくても問題ありません。
だが、政策のことなど分からないオレのような一般人も、この人たちの客観的な意見を理解すれば、どうあるべきかがおのずと見えてくる。
デフレで苦労せずに済んでる人がいます。
公務員、学者、日銀、小金を貯め込んでる年寄り、そして日本の外で稼ぐ企業「グローバル企業」とこの本では言う。
デフレの影響を受けない立場と言っていいかも知れない。
この人たちが悪いという訳ではなく、この人たちはデフレの深刻さを分かりようがないということです。
中でもグローバル企業というのは、資本(お金)がグローバル(国際的)に動けば儲かる。
どういうことか?
より安いコストを求めて安い賃金で済む外国人を雇う。当然現地でだ。
結論から言えば、グローバル企業が儲かれば、日本人の失業者が増える、あるいは低賃金や不安定な立場の人が増えるわけです。
では何故、グローバル企業のやり方がまかり通るのか?
それはグローバル企業の意見が採用されてきたからに他ならない。グローバル企業は日本経済を下支えする重要な産業を担ってる企業が多い。
だから企業利益を優先する「新自由主義路線」を国をあげて率先してきたのです。
ではでは何故、「企業の自由な活動を政府は邪魔をしてはならない」という新自由主義路線は躍進してきたのか?
トリクルダウン理論を信じてきたからである。
トリクルダウン理論とは「金持ちが儲かれば、貧乏人もおこぼれにあずかれる」というアメリカ発の理屈です。
経済成長する前のつい最近まで、日本は皆ある程度似たような貧富の差だったわけだが、経済で競争することを、つまりアメリカ型の格差を受け入れさせるために用いられた理屈だったが、ふたを開けてみれば金持ちは貧乏人に恵むどころか、もっと稼ごうと一人勝ちをもくろみ、敢え無くこの理論は破綻してしまったのは、リーマンショックの顛末を見ればお分かりになるでしょう。
さて、長いデフレ不況で人々は貧しい生活を強いられてる。
貧しい生活とは具体的には戦争直後のような物が足りない状態なのだろうか。
いや、その逆で食料品、日用品など国内に物は有り余っている。
何なのか?
このデフレという危機下では食料不足のような危機でなく、目の前に物があっても買わない、あるいはお金を使いたくならない。
デフレとはある側面、物が有り余る「供給」が多すぎて、「需要」が追いつかないバランスが崩れてることで、売れなくて損をするから一旦作るのを止める。すると作る人手がいらなくなる。
企業が人を減らしたり、雇うとしても安い労働者を探すのは、そういう悪循環の流れです。
こうしてデフレの今、大きく経済全体が停滞しているのです。
大きく経済が停滞してるときにこの悪循環を止め、お金の流れを回すにはある一企業が人を少し雇ってもインパクトとしては小さい。大きく流れを変えるには?
そこで政府の公共投資という大きな経済介入で、たくさんの雇用を意図的に創り出す。
すっかり世論では公共投資というと、汚職や族議員による利権の温床として悪い意味として定着している。
しかし極論すればだが、中野剛志氏、三橋貴明氏ともこれでいいと言う。
経済というのは、市場の競争原理だけに任せ、自由な競争が理想だとするのは景気の波に乗ってるときはそれでいいのだが、本当の危機として経済が停滞するようはときは、トリクルダウン理論などのように絵空事ではなく、しっかり政府が監督しなければ、とんでもない格差を生んでしまうということです。
中野剛志氏、三橋貴明氏が言わんとすることは、デフレのような緊急事態のときに政府が経済をしっかり監督することは、煩わしい「規制」などではなく、公正さを保つための「調整」機能のことなのです。
こういうことを分からない知識人、ビジネス人をはじめとする自由主義者が本当に多い世の中になってしまったのです。
オレはズルをして儲ける奴、おいしい思いをしてる奴がいるからと言って、そのひとり一人をつるし上げたいなど思わない。
しかし、度を越した富(グローバル資本)の集中はまともじゃないと思う。
そういう風潮や政治を後押しする者は、容赦なくこう言っても差し支えないだろう。
「売国奴」と。