結婚しない女
最近オレの周りに「結婚しないでも生きてゆける」という女が異様に増えている。男もかも知れない。
彼らは決して結婚できない言い訳を言ってるのではない。周りに友人もたくさんいる。人付き合いもうまい。仕事もある程度充実している。
友人が少ない、人から好かれない、むしろ嫌われることが多いオレからすれば、うらやましい限りである、ハハハ。
つまり結婚しない彼らはひとりで生きてゆくリソースが手に余るほどある。そこで当然「結婚しなくても幸せに人生を終えられる」と確信がもてる。
結婚する意味やお得感が薄れてるという人もいるが、付加価値をつけることで結婚を促すというのもおかしな話なので、頼むから引っ込んでてくれ。
オレには結婚する、しないの判断が、個人主義の病気に冒されてると思えてならない。
その人の幸福をおのおの自由に追求してゆくのが個人主義。
結婚するもしないも自由、子供を産むも産まないも自由。結婚のリスクと独身のメリットをてんびんにかけて選択することも個人の自由だ。
これ自体に落ち度はない。だが、何故個人主義が流行するのか?
それは“自由”だからだ。
生きるうえで何も制約を受けない「フリーダム」。それを誰が拒否するだろうか?
しかしこれは本当の“自由”か?
制約をすべて取り払う「開放」や、無限にある選択肢から究極の「欲求」を満たせることが自由か?
そこで自由の正体が気になる。
「自由は、不自由の限界で生じる」これは福沢諭吉の言葉で、「自由」とはギリギリの抑圧やしがらみで、どうしても耐えられない不自由を感じたとき初めて「自由」が切実に欲しいと感情がほとばしるだけのものであって、どこかに“自由”というものが光輝いていて、それをつかみにゆくようなものでなく、不自由がなければ自由もないのだと。
あなたの言う「自由」は実はたいしたことのないオツムから出てきた単なる欲求に過ぎない。そう疑うことを忘れたとき「結婚しないことが自由」や「結婚することが幸せ」が、捨てセリフとなって現れる。
だからオレは「結婚しないことが自由」も「結婚することが幸せ」もどっちも信じてない。
昔のように家柄などの理由で簡単に結婚できないとか、戦争で明日にも死ぬかも知れないような状況だと、結婚を急いだり、執着した時代があった。逆に豊かになり、人の活動に制限がなくなった状況だと、結婚の価値が下がり軽んじられ、生涯ひとりの相手を守りぬくこともバカバカしくなる。
つまりその時代ごとの状況に合わせて、結婚の価値が上昇と下降を繰り返し、永遠に堂々巡りしてるだけ。
個人の自由も抑圧もあんまり度を越すと、人々はロクな考えしか持たないということである。
さて結婚はするべきか?
それは、おばあちゃんにでも聞いてみましょう。
彼らは決して結婚できない言い訳を言ってるのではない。周りに友人もたくさんいる。人付き合いもうまい。仕事もある程度充実している。
友人が少ない、人から好かれない、むしろ嫌われることが多いオレからすれば、うらやましい限りである、ハハハ。
つまり結婚しない彼らはひとりで生きてゆくリソースが手に余るほどある。そこで当然「結婚しなくても幸せに人生を終えられる」と確信がもてる。
結婚する意味やお得感が薄れてるという人もいるが、付加価値をつけることで結婚を促すというのもおかしな話なので、頼むから引っ込んでてくれ。
オレには結婚する、しないの判断が、個人主義の病気に冒されてると思えてならない。
その人の幸福をおのおの自由に追求してゆくのが個人主義。
結婚するもしないも自由、子供を産むも産まないも自由。結婚のリスクと独身のメリットをてんびんにかけて選択することも個人の自由だ。
これ自体に落ち度はない。だが、何故個人主義が流行するのか?
それは“自由”だからだ。
生きるうえで何も制約を受けない「フリーダム」。それを誰が拒否するだろうか?
しかしこれは本当の“自由”か?
制約をすべて取り払う「開放」や、無限にある選択肢から究極の「欲求」を満たせることが自由か?
そこで自由の正体が気になる。
「自由は、不自由の限界で生じる」これは福沢諭吉の言葉で、「自由」とはギリギリの抑圧やしがらみで、どうしても耐えられない不自由を感じたとき初めて「自由」が切実に欲しいと感情がほとばしるだけのものであって、どこかに“自由”というものが光輝いていて、それをつかみにゆくようなものでなく、不自由がなければ自由もないのだと。
あなたの言う「自由」は実はたいしたことのないオツムから出てきた単なる欲求に過ぎない。そう疑うことを忘れたとき「結婚しないことが自由」や「結婚することが幸せ」が、捨てセリフとなって現れる。
だからオレは「結婚しないことが自由」も「結婚することが幸せ」もどっちも信じてない。
昔のように家柄などの理由で簡単に結婚できないとか、戦争で明日にも死ぬかも知れないような状況だと、結婚を急いだり、執着した時代があった。逆に豊かになり、人の活動に制限がなくなった状況だと、結婚の価値が下がり軽んじられ、生涯ひとりの相手を守りぬくこともバカバカしくなる。
つまりその時代ごとの状況に合わせて、結婚の価値が上昇と下降を繰り返し、永遠に堂々巡りしてるだけ。
個人の自由も抑圧もあんまり度を越すと、人々はロクな考えしか持たないということである。
さて結婚はするべきか?
それは、おばあちゃんにでも聞いてみましょう。