マンガ家先生たちが怒ってる | 「異端児、常識を疑う」

マンガ家先生たちが怒ってる

東京都の条例で「露骨な性行為の描写」「暴力的な強姦・レイプを誇張するもの」を含むマンガなど18歳未満への販売を規制する、と。
これにマンガ家先生たちが怒ってる。表現の自由侵害だ、と。
しかし東京都、マンガ家先生たち、双方の意見を聞いていると、おやおやと言いたくなるのです。

そしてここで議論されようとする“表現”とはイコール、「セックス」そして「暴力」・・・「死」、と?

おいちょっと待てよ、これってハリウッド映画お得意の表現手法じゃない。
もっぱらハリウッドの場合、この3つにドデカイ爆発音も入るらしいが。

これらの要素を作品に入れると、読者・視聴者に臨場感、リアリティを与え、作中に引き込むのにより効果的なんでしょう。
このテクニックを使えば容易に感情移入させて、ハラハラドキドキさせられる。つまり「おもしろかった」と思ってもらえる、と。

創作に常套テクニックを使うこと自体に今さら悪いとはいえないが、しかしこれらのテクニックを使わなければ、彼らのマンガ作品の表現はもうもたないと宣言しているようなもんじゃない。
結局、表現の自由と大それたことを謳いながら、ふたを開けてみればハリウッド仕込みのテクニックをめぐる論争に陥ってる。

ついでだからハリウッドをけなしておくと、(映画ファンのみなさんゴメンナサイ!!)リーマンショック以降、ハリウッド映画からヒット作が生まれていない。
スターウォーズ、ダイハード、ゴースト、タイタニックなどなど次々ヒット作が生まれてたのに?
それは投資マネーが一斉に去ったからです。
簡単に言えば、ハリウッドの至上命令は良い作品を創ることでなく、ヒット作、売れる物を作ることだったのです。

ヒット作メイクのテクニックごときをさも崇高な表現の自由とたてまつること自体に、大きなクエスチョンマークをつけたくなる。
「規制されると売れなくなっちゃうからやめてくれ」と誤魔化さないで本音を言ってちょうだい。

しかし一方で規制する側の論理も全くもっておかしい。というか危険な発想だとも思う。
有害とされる図書を隠してしまおう。これで子供達が健全に育つ、と。なんだかおかしくない?

もう十年以上も前になるが、酒鬼薔薇の事件にひとつのヒントがあるように思う。
彼の場合、カエルの解剖ではじめて勃起し、内蔵を食うのを想像してマスターベーションしてた、と。
そして近所の小学生の首を切って校門に置いた。その小学生の死体でもマスターベーションをした、と。
彼はネクロフィリア(死体愛好)、ペドフィリア(児童性愛)とされているが、彼の生い立ちの背景に父親の無関心、母親からの異常な抑圧や、友人からの壮絶ないじめがあったことは見逃してはならない。
また異常性欲者ではないが、秋葉原連続殺傷事件の加藤の場合も、子供時代の恋愛観を母親から徹底的に否定されていたとある。

つまりこういいたい。
卑猥なマンガ作品がそこにあるだけで犯罪の温床となるのではない。
なぜなら普通の感じ方だと犯罪行為に嫌悪感を示し、少なくとも犯罪の一歩手前で踏みとどまる力が子供とて持っているはず。
一歩踏みとどまらず、異常なものに固執しコミットしてしまう“感じ方”の問題だろう、と。
つまり異常なものに固執してしまわなければ、自己を開放できない何ほどかの背景があるわけで、それが子供たちの場合、壮絶ないじめや親からの抑圧が大きく影響する。そして行き場を失った自己がタブーとされる領域になぜか開放感を覚える、その“感じ方”。
卑猥なマンガを読んである日突然、天から異常な性向が降ってくるわけではない。

なぜタブーの領域でしか自己を開放できないか?
はっきりとは分からない。しかしそこに至る背景は色濃く映し出されてる。

ですから世のお母さん方たち、端的に言えば、男の子のマスターベーションくらいで動揺しないでやってください、と。
親御さんたち、嘘でもいいから子供に関心を持ってやってくださいな、と。

てことで、今回の条例改正の影響は「マンガ家先生の儲けが減る」だけです。子供は健全になりませ~ん♪