日航機墜落事故の2次被害
日航機墜落事故から8月12日で25年経ったが、被害者は事故の犠牲者や遺族以外にも2次被害という形で存在していた。
事故で子供を亡くした父親が事故後、失意のうちに病死したり、同じく子供の死を苦にした両親が不和となり離婚したケースなど遺族側の2次被害は本当に気の毒だ。そして遺族以外で2次被害者となった方々というのはこの事故の身元確認作業に関わった人たちにいたのです。
例えば、群馬県の医師3名。猛暑の中、窓を塞いだ体育館で、連日午前7時頃から深夜3時頃まで2065体(犠牲者520人の身体が遮断遺体として検屍された)の遺体の鑑定を行った。また生存者を受け入れ、死者の鑑定を行った多野総合病院のレントゲン技師2名。入院患者に臭いが届かないよう窓を塞いで、休日もレントゲン撮影を続けたと言う。
更に遺体安置の拠点となった藤岡市の旅館を営むおばあさん。経営が苦しい中、お金を受け取ることなく、死者の鑑定を行う人を宿泊させて献身的に世話したらしい。
彼らはいずれも事故後短期間で過労などのために亡くなっていたのです。
死因を詳しく知る由はないが、もしこの想像を絶する過労の末に亡くなっていったのならば、彼らは自分以外の人のために死んでいったのだろう。もちろん彼らだって誰だって、生きて楽しいことをしたい願望は持っていただろう。どうやら神は人のために尽くす人を必ずしも長生きさせないのだろうとも揶揄したくもなる。
しかし人命尊重第一主義に身を投じていると、長生きすることが生きがいや、生きる価値とされてしまう。自分のことを棚に上げて言うと、世の中確かにロクでもない人間が長生きしていることもある。だからこそ人のため、つまり「公」に身を投じ、自分の命にかえてもこの状況だけは譲れないという彼ら、墜落事故2次被害者たちの気概を語り継ぐことは次の世代があればこそ必要じゃないでしょうか。歴史は連続性です。正義やら秩序やらを保持するのが、その時代その時代に生きてるものたちに役割があると思います。
そういえば日航、JALですが、今年経営不振・債務超過やらで政府の巨額の支援を受けました。会社をつぶさない方針です。そして政府の支援とは国民の税金です。航空会社が1社という国はたくさんあります。全日空(ANA)1社で十分だろうと思うが、何でJALはつぶさないんでしょう?JALは旧・運輸省の天下り先でもあったし、おそらく政府がつぶすのは忍びないのでしょう。こうやって長生きする「命」もあるわけですね。