志望校を決めて、

受験に望む。

 

学生を経験した人ならば、

誰もが経験してきたことだ。

 

 

ほとんどの人は、

それを疑うこともなく、

当たり前のように志望校を考え、

志望校を割り出し、

そこに向けて勉強し、

進学をしていく。

 

今でこそ、

自由学校もあれば、

自宅学習などをする人も増えてきた。

 

だけど当時、

そんな言葉はなかった。

 

少なくとも田舎の中学校でそんなことを言えば、

きっと変な目で見られていただろう。

 

だからぼくが

「総合学習したい」という理由で

進学先を選んだときに、

教師はパニックになったのだろう。

 

でも、ぼくは「常識」というものが、

ある種の「希望」や「エゴ」、

さらには「思惑」などによって

できていることに気づきはじめていた。

 

だからこそ、

「問題児くん」たちが口々に言っていた

 

偏差値高い学校なんて行ったら

人生つまらなくなるぞ!!

 

っていう言葉も、

「そうかもなー」と信じていた。

 

ちなみに「偏差値」っていうのは

いま便宜上つけただけで、

当時そんな言葉は知らなかった。

 

頭のいい学校にいくと、

人生はつまらないぞー!!

 

って実際には言っていた。

今となっては、

その言葉自体もぼくたち問題児くんたちから見た

「希望」や「エゴ」の混じった「常識」だったんだろう。

 

 

その意味では、

まだ「常識破り」の修行中だったんだよね。ぼくは。

 

ただ、大人の常識を離れたところから

見られるようになったのは、

志望校選択には大いに役立った。

 

総合学習の高校を選択しなかったのは、

すでに書いたとおりだけど、

ならばどの進学校に行こうかと考えたとき、

最初に思ったのは、

どうせ行くなら近いところにしよ、

ってことだった。

 

ただ、家から一番近い高校が、

たまたま県内一の進学校だった。

でも、そこが県内一の進学校かどうか、

レベルが高いかどうかなんて、

全然関係なかった。

 

むしろ、

 

どうせ人生つまらない学校に行くなら、

もう一番つまらない学校に行ってやる。

(まだこの常識からは抜けられてないからね)

 

そんな気持ちのほうが圧倒的に強かった。

でも、この選択、

周囲からは猛反対をくらった。

 

「なんでやねんっ」て思わず

関西弁で心で突っ込むくらい、

あれれ、、、な出来事だった。

 

迷いがなくなったボクサーが渾身のストレートを打ったと思いきや、カウンターパンチを喰らったような感覚だ。

 

涙を流してぼくを導いてくれた

あの担任の先生を覚えているだろうか。

 

3年生になり教師が一新され、

話のわかる先生が配属されるようになったわけだけど、

(そして対教師暴力は次第に沈静化していった)

進学先を決めるとき、

涙を流して進学先の変更をお願いしてきた先生だ。

その意味では本当に親身な先生だった。

 

その先生に後日、

 

「じゃあ◎◎高校に行きます」

 ※例の県内一のご近所進学校

 

って行ったら、

 

「それはやめとかれ!」

 

って思いっきり反対された。

理由は、成績が足りないから、

ということだった。

 

なんて言えばいいんだろうなぁ。

この大きな違和感。

 

多くの人にとっては

あたり前の反応で、当たり前のやりとりかもしれない。

 

 

だけどぼくにとっては、

これ以上ないくらい不思議な出来事に感じられた。

 

なにそれ?

 

それ以上の言葉が見つからない。

そんな感覚だった。

 

人は本当にびっくりしたとき、

言葉が出ないっていうけれど、

ぼくは魂のない不細工な人形のように、

もしくは非公式の品質の悪い

キャラクター商品のぬいぐるみのように、

ただただ立ち尽くしては、

 

なにそれ?

 

を何度もリフレインしていた。