ふと思うことあって90年代バンギャ御用達音楽評論家市川哲史さんの嵐評を引っ張り出してみた こんなくだりあったっけかと思った話 ムービング嵐て 


https://realsound.jp/2015/11/post-5340.html

嵐が<崖っぷち>アイドルだった頃(完結編)

市川哲史の「すべての音楽はリスナーのもの」第34回

2015.11.23 07:00

 そんな嵐の優秀なセルフ・プロデュース力の一つの発露が、〈新兵器エンタテインメント〉だ。まだ立派な〈崖っぷちアイドル〉時代だった2005年7月、代々木第一体育館に出現した《ジャニーズ・ムービングステージ》、通称ムビステは衝撃的ですらあったと言える。


 唄い踊るメンバーたちを搭載したまま、床が透明ガラスの巨大な移動式ステージが、観客のすぐ頭上を通過するのだから斬新だ。なにせ大切なお客様の脳天をガラス越しに踏みつけまくるとは、不遜きわまりない。それでも推しジャニの股間の最接近を、女子たちは無上の悦びとして身悶える――これでいいのだ。


 ちなみに重ねる歳月と共に巨大化したり、出現した複数基が合体・分離を繰り返したりと、ムビステはメカニックとして進化を遂げ続けた。たしか2014年の年末ドームツアーでは165㎡、要は50坪まで巨大化したはずだ。『劇的ビフォーアフター』でおなじみの狭小住宅ならば、余裕で7棟は建つ。おお、ムービング町内会。さてこのムビステを考案したのが、松潤だ。その完成度に満足したジャニーさんから「ユーの好きな名前をつけていいよ」とお墨付きをもらった松潤は、堂々《ムービング嵐》と命名。しかし「他の皆も使うから」と舌の根も乾かぬうちに一蹴され、ムビステなる極めて凡庸な名称に落ち着いたのであった。ほとんど小学生男子のように悔しがってた松潤の姿が懐かしい。