「亡くなった人の写真を飾ってしまうとその写真ばかり見てその人がどんなだったか忘れてしまう、だから遺影は飾らない」みたいな話がドラマ「最高の教師」でありました あーたしかにそうだなと思いました 先代の愛犬の写真を色々飾っているんですが記憶の中のあのこが残っている写真だけに成り代わってしまって他にはどんなだったかなと薄らボケてしまっているんです 先代も今そばいにいる愛犬もいちばんかわいい表情愛おしいって感じたときの様子ってカメラなんて構えている暇はない(というかみんなカメラが嫌い…)それがうすらいでいってしまう、薄らいでいくであろうことが悲しくて怖い だからうわーかわいいなーって思ったときは絶対覚えておこうと思って必死になるんだけどいざ振り返ってみると写真のそれに成り代わってんだよなーって虚しくなる でもまぁその写真撮ってるのが自分自身だからその時の気持ちを思い返すことができるからまだいいのかな
ちなみに今の愛犬がすんごくかわいい、いっちばんかわいい顔をするのは散歩に行くとわかった瞬間の顔です ぱぁっと華やぐとてもいい顔になるのですが何しろテンションがMAXなのでスマホ構える余裕などなく、運良く構えられても途端に嫌な顔になる、もしくは動きが激しすぎてぶれまくる(動画切り抜きってのもあるけどとにかく激しいのでブレる) あーあと私が外出から戻ってきてドア開けた瞬間とかむちゃくちゃかわいいです こういうの小躍りっていうんだなってくらいお尻ごとしっぽふってついてまわって普段絶対しない甘噛みしてつい腿肉までチクチク届いちゃったり ええとんでもなくかわいいんですが一切遺せないんです あいやドッグランについてリード離した瞬間の超爆走とかもかわいいですね あああれも残したいこれも残したい…