世の中に発信される情報はノイズで溢れている。


つまり本来ならば自分には必要が無いような情報も大量に流れているのである。


ノイズ批評とは、巷に事実の様に公布されているが、本当は汎用的ではない情報を主観と偏見をもって批評するノイズの一部である(トートロジー)。


今回のノイズは「カリスマ」である。


ネットの台頭によってビジネス界にプチカリスマが大勢誕生した。


その結果、昔は器量の良い者のみが活躍できたメディアに頭の良いオッサンやオバサンが登場するようになった。


実際、これらのオッサンやオバサンは実に頭がよく、学歴、経歴ともに立派であり、ビジネス評論家やら経済評論家という肩書きでスクリーンに登場し本を書くのである。


しかし、勘違いしてはいけないのは彼らは評論家 = 単なる芸能人であり、専門家とは限らない。


そして、芸能人のビジネスモデルは人気商売である。


つまり、以下のようなサイクルを繰り返すことが至上命題なのである。


1. 本を書いて、メディアに取り上げられる


2. メディア露出が増えることで信者が増える


3. 信者が著書を持ち上げて、さらに信者が増える


4. 本を出すたびに売れるようになる



もちろんこのサイクルを作るのは大変な労力であり、それを実現した著者の実力は並大抵のものではない



しかし、極めて辛辣な表現を使えば著者は搾取する側で、読者は搾取される側であることは紛れも無い事実だ。


それは以下のように考えると自明である。


すなわち著者らはロックスターなのである。みんなが憧れる成功者なのだ。読者はそのロックスターのファンだ。


そして、ファンがいくら彼らの歌を聴いたところで彼らにはなれないのは自明である。だってファンは支える側なんだもん。


ロックスターと違うところは、発信するコンテンツが如何にも自分の成長につながりそうに見えるところである。


昔、大流行をしたとある女史の著書を興味本位で読んだことがある。なるほど、女史の頭の良さは良く分かる。


しかし、冷静に考えれば何の役にも立たない内容しか記述されていなかったのである。


世の中に発信される情報はノイズで溢れている。


つまり本来ならば自分には必要が無いような情報も大量に流れているのである。


ノイズ批評とは、巷に事実の様に公布されているが、本当は汎用的ではない情報を主観と偏見をもって批評するノイズの一部である(トートロジー)。


今回のノイズは「中高年の既得権益」に関する主張である。


大企業の中高年のオッサンはとかく世間から人気が無い。ハタから見ると楽な仕事で高い給料をもらっているように見えるので、妬み嫉み略して嫉妬の対象になりやすい。


そのような負のイメージの対象になりやすいため、政治家やXX評論家のターゲットになりやすい。何故なら彼らのような人気商売においてもっとも重要なことは人から注目を集めることであり、人から注目を集めるにはその人たちがねたましく思っている対象を槍玉に挙げることが一番簡単だからだ。


もっと分かりやすくいえば、政治家はそれをすることによって票が集まるのであり、評論家はそれを批評することにより本が売れてテレビに出れるのである。実にくだらない話だ。


我々、真っ当なサラリーマンは政治や経済の動向を注目する必要があるが、政治家や評論家の発言は聞き流す必要がある。一方で専門家の発言には注目する必要がある。



さて、少し脱線したので大企業のオッサンに話を戻そう。


今まで様々な大企業のオッサンと仕事をしてきた経験からすると、結論から言えば大企業のオッサンは絶妙なポジショニングを築いており、実は代替不可なオッサンであることが多い。


窓際族に見えるオッサンでも実は社内システムについてそのオッサンしか知らないことがあったり、特定の得意先に知り合いがいるため外せないオッサンであったりすることが多々あるのだ。


もちろん、一部には本当に窓際のいわゆる上がりのオッサンもいる事はいるが、そのようなオッサンは社内でも目立つ = ほとんどのオッサンは何かしらの役に立っているのである。


ちなみに、たびたび脱線するのが小生の悪い癖ではあるが、それでも脱線してしまえば、若い女の子はこのような「上がったオッサン」に騙されることが多いので注意が必要である。


~脱線開始~


上がったおっさんは一見落ち着いておりガツガツしていない大人に見える。しかりそれは、おっさんが上がっているが故にガツガツする必要が無いという悲しい副産物であることを諸女史は知るべきである。


普通の30~40前後は仕事に燃えていて、より面白くてより社会に役立つ仕事をできる立場を獲得するためにガツガツするものなのだ。その年齢でガツガツしない理由は・・・悲しくてこれ以上は小生には言えないのである。


そして、そのようなオッサンと過ちを犯しその歴史を黒歴史として封印している麗しき女史達を小生は多数知っているのである。



~脱線 了~



さて、ではオッサンが社内でそれなりに重要なプロセスを握っている話に戻ろう。


政治家や評論家は人々の妬みを煽るためにそれを「既得権益」と呼ぶ。しかし、実際のところ「既得権益」と「蓄積した財産」はほぼ同義である。


仮にそのオッサンが得意先の部長と蜜月であり、そのことによって仕事を取れていてそれ以外はダメダメなオッサンであるとしても、その「部長との蜜月な関係」はオッサンが人生の長い時間をかけて築きあげてきたものであり、それはオッサンの財産なのである。


格式高く品性溢れる本ブログでこのような卑近な事例を出すのは不本意であるが、若い諸兄に非常に分かりや

すい例をひとつ挙げよう。



~事例開始~


貴君には愛する女史Aがいるとする。貴君は4年間もその想いを胸に秘めながらも女史Aとは未だに望ましい関係に発展していない。


しかし、何度かデートを重ねており女史Aとも気心が知れてきてはいる。そして貴君は近く女史Aに愛の告白をすることを決意する。


そこに別の男性Bが現れる。男性Bは若くて誠実かつ積極的な好青年で猛烈に女史Aにアタックを始めている。しかし、男性Bは女史Aとの関係が浅いために女史Aのツボをつくことができない。


危機感を感じた貴君は女史Aへの愛の告白を実行し、2人は見事に結ばれる。


しかし、ここで男性Bが貴君にクレームを付けてくる。


「貴君は女史Aとの長い関係によって信頼関係を既に築いていた。私がそこに入り込む余地はなかった。ソレハズルイデハナイカ」


と。


~事例終了~



さて、ここまで読んでいただけた貴兄貴女は「既得権益」という仮想敵国を設定するのが如何に馬鹿らしいことであるかを理解していただけたのではないだろうか。


そんなものを設定したところで潤うのは人気商売の方々のみなのである。


ちなみに私の業界ではパンツを見せて仕事を取れる人は、自分の武器を活かせる人として評価されるのである。


重ね重ね申し上げるが本ブログは格式高く品性が溢れるブログなのである。



ちなみにこ中高年のオッサンにまつわるノイズについては別の機会に異なる視点でもノイズ発信する予定である。

僕の様な凡庸な個人が情報を発信できる様になったおかげで、世の中には爆発的に情報が増えた。

その結果、必ずしも汎用的(ロバスト)では無い情報がまるで真実であるかの様に発信されていることも多い。所謂ノイズである。

情報量が爆発的に増えても、人生の時間が増える訳ではないので、自分にとってムダな情報は排除する必要がある。

サラリーマンに取って特にムダだと感じるのは「個人として成功した人」のハウツー・自己啓発情報はこの傾向が強い。

それは経営戦略のひとつである先行者優位戦略の視点からも自明である。

つまり、成功者が成功して本を書く様な立場になった時には既にその人のフォロワーは大量に発生しているため、競争環境はその人が当該事業を開始した当初とは比較にならないほど激化しているという当たり前のことだ。

にも関わらずその手の本がいつも店頭で平積みされており、飛ぶ様に売れていくのは我々からすると不思議で仕方が無い。私もとある外資コンサルティングファームに勤務しているが、その手の本を読んでいる人を見たことはほとんどない(いても新人くらい)。それらの情報が単なるノイズであることを皆知っており、貴重な時間を割くのは勿体ないと考えているからだ。

実際、その手の本を読むと独立、起業が極端に推奨されていて、サラリーマンでいることは勿体ないことであるかの様に書かれている。そして若者の大手志向を嘆いている。

しかし、彼らが拠り所とする経済的観点で見るならば実際はまったく異なる。


「サラリーマンでいることは勿体ない」の嘘について。

リターンを考える際にはリスクと対比する必要がある。ハイリスクであればハイリターンであるのは当然のことだ。知人等から聞いた話であり正確性に疑問符は付くが、例えば小規模のIT会社の経営社の年収は実は1,500万円程度だという。

この程度であれば、大手企業の50代の年収よりもだいぶ低い。つまり、サラリーマンでも高いキャリアを積んでいけば非現実的な数字ではないということだ。ついでに言えば業界によっては30代前半でも達成可能な数字である。

サラリーマンで高いキャリアを築くことと独立・起業することのリスクを天秤にかければ明白に前者の方が低リスクである。あくまで経済的な観点のみであるが、合理的な判断をするのであれば起業はしないという答えが出ることは何も不思議ではない。


「若者の大手志向への嘆き」の嘘について

特に就職活動をしている学生はこのノイズに騙されてはいけない。どうしても信じられないのであれば、厚生労働省の毎月勤労統計を見てみるといい。そこには産業別×事業規模別の平均給与(月額)が記載されている。大手企業と中小企業の給与の差を見ると愕然とするはずだ。ついでに産業ごとの給与の差も見ておくといい。業界ごとのブレがかなり大きいことに気が付くはずだ。


結論

必要の無いリスクを取るのは止めましょう。

それなりの学歴があってローリスク-ミッドリターンの大手企業に入れるのであれば、ハイリスク-ミッドリターンの起業やミッドリスク-ローリターンのベンチャーに入社する必要などない。

今流行の「個人の価値観次第」などと言われると反論のしようも無いが、多くの場合、社会経験の無い若者の価値観などは就職後に劇的に変化するものだ。

上記の選択は、整備された道をまっすぐ進めば美味しいラーメン屋があるのに、わざわざ獣道を通ってまったく美味くないラーメン屋を目指すプロセスであり、ドM以外にはまったく推奨しない。

先日、とあるニュースで学力の高い子どもは「草食系」で学力の低い子は「起業家精神に溢れている」などという、とてつもなく頭の悪い研究結果が公表されていた。

もちろん事実は異なる。頭の良い子は現実をしっかりと捉えており、そうでない子は非現実的な妄想をしているだけだ。
批判ばかりしているのもアレなので、じゃあどの様にして経済対策をすればいいのか考えてみる。

今回はGDPを構成する要素の内で民間収支の活性化について考えてみる。いわゆる内需だ。

民間収支が上がるには消費者が積極的に消費活動を行うことが重要だ。かといってアメリカのように信用枠に頼った過剰消費(分かりやすく言えばクレジットカード湧枠いっぱいで買い物をすること)では信用リスクが膨らみ日本版信用破綻が起こりかねない。

であるとすれば必要なことは給与水準を上げることである。もっと言えば労働分配率を向上することである。

「んなこたぁ分かっているんだ。それをどうすりゃいいのかが問題なんだ、バカ野郎!!!」という話であるが、どこかの政党ではないので具体的なアイデアを出してみる。

個人的には

「営業利益に対する人件費の割合がある程度以上である企業の法人税を優遇する」

が良いのではないかと考える。これを実施することにより企業は「税金に取られるくらいなら・・・」と給与水準を上げるか雇用を増やす方向に動くのではないだろうか?その上で消費税を徐々に上げればよい(年に1%ずつくらい?)。

多分に推測を含む話であるが、多くの人間にとって誰がどのように負担するのか不明瞭な政府からの給付金を受け取るよりも、自分が所属している会社からの給与が増額されるほうが心理的に安心するのではないだろうか?

常々思うのだが、給付金やら手当てやらを実施すればその過程で様々な事務コストが掛かるがコレは実に無駄であると思う。むろん公務員も国民であるので公務員の収入が増えれば少しは消費も良くなるのかもしれないが。

しかし、一度行政サービスのコストとして滞留するよりは市場で循環させ投資にカネを回す方が経済は活性化するのではないだろうか。

経済対策はボトムにテコ入れをするよりも中間層を刺激する方が効果が大きいのでは無いかと思う。そしてその中間層が最も敏感に反応するのは給与の増減であろう。ほとんどの中間層の主要な収入は給与であるからだ。

であるとすれば、企業が労働分配率を拡大したくなるインセンティブが働くような政策が有用なのではないだろうか?

給付金やら手当てはあくまでセーフティーネットとして利用すべき手段であると個人的には思っている。

と思っていたら自民党の参院選公約原案では経済対策として法人税について言及しているようだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100415-00000007-fsi-bus_all

現状、自民も特に支援している訳ではないが、政策の質ではやはり民主よりは説得力、納得感はあるなぁと思う。

とはいえ自分のアイデアも体系的な説明がしっかりとできるわけではない。やっぱりまだまだ勉強が足りないと言うことでしょうな。