娘が「学校を休みたい」と言ってきた時、私は休ませていました。
これは、転校前の学校でも同じです。
ただ、「ズル休み」になる心配はあったので、
「次の日学校へ行く」という約束で休ませたり、約束したけど、「今日も休みたい」と何度も伝えてきたら、休む時もありました。
転校前の先生からは「身体の調子はどうですか?」と連絡がきたり、
先生が家にお便りを持ってきてくださって、娘は学校へ行ってました。
今でも子供にとっても親にとっても、先生、学校という存在は大きいと思っています。
しかし。。。。
転校後の学校は違いました。
「どうにかして、何とかして子供を学校へ行かせる」
これがとても大きくありました。
「学校へ行かせる」気持ちは大きいのに、
ちょくちょく学校を休んでいる娘がいるのに、
親と連絡して状況把握するわけでもなく、こちらから電話しても何かに気をつけるわけでもなく、
事の重大さを伝えても、現実を受け入れることがなかなか出来ず、
対応もズレている感じもあったし、対応がとても遅くなり今さら状態でした。。。。
(対応が遅くなると、こんな風になるんだなと勉強になったくらいです)
私は心理カウンセラーをしていた時から
引きこもりは、
「本当は外に出たいけど、怖くて外に出れない状態」
「部屋に引きこもることで自分を守っている状態」
「本当は外に出たいけど出れない本人が1番辛い」
と、教えてもらったし、伝えてきました。
通信大学の実習でお世話になった心理士さんからも(この方は思春期病棟で勤務経験のある方でした)
「学校へ行けないことで親に迷惑や辛い想いをさせると思うようで、自分を責める傾向があるので、学校へ無理に行かせなくてもいいと、両親が思うことが大切です」
と、教えてもらいました。
それなのに、
学校と、教育委員会(スクールソーシャルワーカー、相談員)は違う対応で、
学校へ行かせない親に問題があるような接し方をされたし、
親が子供の状況を伝えても半信半疑で聞いている感じで信用されていない感じもしました。(聞いているようで聞いていない)
親の訴えより学校の意見を中心に対応している感じでした。
夫も私も、学校を訴える気持ちは、ありませんでした。
それは、学校の先生も悪気が無いのはわかるし、先生なりに一生懸命なのは知っているからです。
それなのに、不登校になったのは、「親に何かある」または、「子供自身に何かある」ばかり注目し、
学校側には何も無いような対応に怒りや残念な気持ちが湧いたし、信用出来なくなりました。
教育委員会は「ルール」重視で柔軟な対応は出来ない状況でした。
夫が色々必死に調べて教育委員会へどう対応したらいいかわかりましたが、そこまでしないと動かない教育委員会に残念しかありません。
先日、不登校の勉強会に参加してきました。
やっぱり、親の悩みとして「学校や教育委員会と方向性が合わない」としてあがっていました。
講師の回答として、
「学校も教育委員会も数字として不登校の数が出るのでプレッシャーになることは確かだと思う」
と伝えていました。
私は学んでいたから、「無理矢理学校へ行かせることは子供を更に苦しめる」と知っていましたが、
それでも、学校や教育委員会の圧力により不安がありました。
これが、不登校に対して何も知らない親で、学校や教育委員会の話しを信じ、
「無理矢理学校へ行かせなくてもいい」
と、知った時、愕然とし、親自身が自分を責めると思うし、現実、責めている親は多いです。
学校や教育委員会の事情で、親や子供が犠牲になっているにも関わらず、それが表に出にくい状況というのは
学校という組織力の大きさを感じるし、人権問題に繋がる出来事だと思うので、
大問題なのに、知らない人が多いというのは、怖さと不安も感じます。
(こういう現実があるのに、親が学校側に配慮するように伝える人がいるのでビックリします)
我が子が不登校になることで、学校という実情を知ったような気がします。
学校の先生が大変なのは、わかりますが、周りが犠牲になることは、疑問に想う日々です。。。。
こんな学校があるんだなぁと、勉強になりますが、残念な気持ちが大きいです。
学校をそうさせてしまっている現実があるのかもしれませんが、
ズレている。。。。
そう思わずにはいられないし、周りが犠牲になることを知って欲しいと強く思っています。