1976年3月発売の曲。
作詞:伊丹恵さん、作曲:山本達夫さん。
古時計のデビュー曲、のようです。
この年の6月12日の夕刊記事を見ていたら、”新人です:古時計「いくじなし」(テイチク)”という文字が飛び込んできたので「いくじなし」がデビュー曲と少々自信がなかったのですが、「ロードショー」の発売が3月なので、やはりこちらがデビュー曲に違いないと、確信の度を深めた次第です。
映画館で上映時間になると灯りが消えるのはなぜ
という話題がしばしば取り上げられますね。
私としては、映画に集中してその世界に浸ることができるようにするためだ、ということが唯一の理由だと信じて疑うことは決してなかったのですが、いろいろと他人様の貴重なご意見を伺うと、どうもそれだけではない、ということがわかってきました。
この「ロードショー」の歌詞にも出てくるように、
周りを気にしないで泣くことができるようにするためである、
とか、
昨日読んだエッセイに載っていたような、
カップルが二人の世界に没入するためである、
とか、
その他いろいろな理由がつきそうです。
カップルが。。。というのは、その周りの人にとってどうなのか。
灯りが消えるから周りの人もカップルのことが気にならなくなるのか、灯りが消えたことによって却って想像力が逞しくなって映画に集中できなくなるのか、さあどうか
ということを考えているとますます気が散ってしまったり。
地下鉄はどうやって地下に入れるのでしょうね、ということを考えているのと同じぐらい、不眠の悩みの種になりそう。
あっ、脱線しました。
ロードショー。
思えば随分ご無沙汰しているような。
学生の頃は結構ロードショーに出かけていたような記憶がありますが、社会に出てからは「時間は有効に」という建前であまりロードショーには行かなくなりました。
何となく流行っているから、という理由でロードショーで観た映画が、後になって観ると大したことはないな、というものが少なくなかったので、社会に出てからはこと映画に関しては保守的になって、既に評価が定まった「名画」を中心に映画を観るようになりました。
ただ、こうした映画の見方は、流行りものを楽しむということができない、という点で損なところもあるようです。
どうも「流行」という現象に警戒をし過ぎて、同時代の空気を満喫する、という楽しみを放棄しているのではないか、と。
流行りものを味わいつつ、過去の名画やこだわりの作品も楽しむ、ということを程よくやっていればいいのですね。
でも哀しいことに、わかっていても、なかなかこれができません。
こんな私の意識を変えてくれるような新作、出て来い
あれ、またまた、脱線。
やさしい調べに、主人公の切ない心情が織り込まれているこの曲。
ロードショー。
これからどんな物語が始まるのか、そっと想いながら聴いてみたいこの曲。
古時計は、次の年の「青春の旅路」も好きな曲。
FMラジオの番組表を眺めていてもこのタイトルはよく出てきます。
これは、余談。またあらためて記事にするかも知れません。