皆さん、お久しぶりです

コロナが収まらず、まだまだ大変ですね

さらにロシア、ウクライナ情勢。

これから世の中、どうなっていくのか、心配です。

校庭ではやっとできるようになりましたが

コロナで少年サッカーの方も影響は大きいですね。

 

息子も、中学サッカー部の活動は自粛。

もっぱらフットサルです。

それでも高校生やトップの選手ともできることもあって、

そこで思ったようなプレーもでるようで、収穫が少なくないのかな

と感じます。

進学する高校もミニゲームが多いみたいですので、ぜひ糧にして

欲しいです。

 

もうすぐ2月も終わり。

中学3年間もあっという間だったなぁ。

早いものです。

 

そこで、サッカー少年の親御さんたちの、

小さな参考になればと考え、2回くらいに分けて、

いろいろあった3年間を振り返ってみようかと思います。

特に私が敬愛するブロガーさんの読者の方などで、

お子さんが小さくて、晩熟なサッカー少年だったりする場合、

途中経過の1つのケースとして読んでいただけたらな、

なんて思います。

 

ということで、小6のころ考えていたことと、

実際のところのギャップという視点で、

少し書いてみようかな、と思います。

 

まず今回は6年生の頃の見立てを書いてみます。

次回、実際どうだったか、考察してみたいと思います。

 

<小学校の頃、考えていたこと>

 

まず、勝負どきの計算をしていました。

息子は、小学校の時、(割とですけど)視野が広く、足元がある方で、

ザ・ミッドフィールダーというタイプのいわゆるサッカー小僧でした。

5年生時、都のブロックごとの選抜大会では、自ブロックの選抜で7番を

もらってくるくらい良かった。

 

よく言われるたことは、

・見てるところが面白い

・足元がある

・よくどこにでも顔を出す

 

しかし、かなりの場合

「サイズが小さいけど、」の枕詞がつく!

 

ということで

6年生になると、大きい子にマンマーク気味につかれたら

身体の小さい彼は大変だったなぁ。

ごりっごりの体格の選手が、目の敵にして、寄せてくる。

大変な試合、確かにあった。

対策されて、なんもやらせてもらえなかった苦い試合もありました。

 

それでもなんとかしようと頑張っていた。

すごくいい六年間でした。

しかし、体格差はかなり厳しい現実としてのしかかってくることは

簡単に予想できました。

成長期の遅さが、サッカーつまらなくさせちゃう可能性だって

あるなと。

 

そこで、現実を受け入れ、どうするのか、考えました。

まず、直感的に念頭に置いたのが勝負どきのタイミングの計算。

成長期も早々にきて、中2の終わりまでに、絶好調になるなら

セレクションで望みの進路に進めますが、もう少し後なら

どうすべきか...

その時の評価を自分の固定的なサッカー選手としての評価だと

思ってしまうともったいないなぁと考えていました。

このあたりは、後々に、敬愛するブロガーさんの記事で

目から鱗が落ちましたけれど、その方は「晩熟カレンダー」

というものを考案されていまして、

その物差しで言えば、まさに息子は2年超の晩熟かなってところ。

そういうことを直感的に計算していました。

中1の春、139センチでした。厳しいです。

 

そこで息子と話しながら、こんな風に考えていきました

 

1つ目

 いわゆるジュニアユースは、背伸びをして

 入れるチームの中で最も強いチームを選ぶというものではなく

 本人にあったチームを選び、3年間とにかくサッカーを楽しめよと。

 有名チームに友達たちが行くけれど、気にすんな。

 そこが勝負じゃないよと。

 そこで、技術を伸ばせそうなチームにした。  

 6年時は体格差が出てきて、剥がしたら、はたく、そんな感じで

 長い距離を運ばなくなっていたけれど、元々ドリブラー。
 ドリブルをガッツリやるチームに入れていただきました。

 周囲の指導者には、もっと違うチームの方が良いよって

 言われたり、いくつかオーソドックスなサッカーをする強豪からの

 ご連絡もいただきましたが、迷わずそのチームに。

 100万回触れ!個を磨け!という方針でした。

 

2つ目

 フットサルも可能な範囲で参加すること。

 これは、短い時間での判断と技術を磨くことが目的で

 足技云々ではなく、狭く限られた時間、スペースでの

 プレーは、小さくても磨けるからでした。

 体験に行ってみてびっくり。先輩たちめちゃ上手かった。

 中には、その後、高校生のうちに、Fリーグに

 デビューした選手もいました。

 そんな競技系のチームに入団。

 上手く、賢くなれ!

 

3つ目

 進路先選びの時期は、おそらく息子の勝負どき

(高校3年か大学に入ってからと予想していました)より、

 かなり前に訪れる計算だったので、先に本人の

 やりたいサッカーに近い高校を見つけ、受験で中学から

 いっちゃえよということ。

 なんとなく、勉強してないとサッカーも行き詰まるのも、

 経験上みてきましたから、ここはかなり妻のおかげ

 なんですけど、勉強は4年生ごろからしていて、助かりました。

 高校のTリーグなんか見にいって、ああ、ここは有名で

 定評は昔からあるんだけど、彼には合わないねとか

 ここは好みと近いねとか、そんなので受験校も一緒に

 決めました。結局、一番、あってそうな学校に進学できました。

 (実は欲が出て、大学がくっついてる難関校も受けましたが

  ダメだった!)でもよくがんばりました。

 あとは潜り込んじゃえば、勝負どきが

 少しズレても、舞台は手に入るよという算段です。

 

こんな感じで、仕込んであり、あとは自分次第だ

俺は少年団に残るぞ!みたいな感覚でした。

 

ところが、ところが、いろいろ、見立て通りにいかなかったことも

結構あって、大変な中学3年間でした!

 

つづく...