その窮鳥は、日本政府の高官と組んで清国を打倒したが、王朝の伝統までも消し去った。
最早、自分は何のために生きているのかわからなくなった。
手元にあるのは、自分の体内を流れる、不完全な『死を奪う毒薬』と、異国の地で営む旅館で或る。
革命後の混乱下に喘ぐ同胞らを甘言で誘い、実験体にする。
『薬』の量や質を変え、どのような生を生きて終えるかを観察する。
しかし、自分と完全に同一のもの、そして、完全な『薬』を持つ者には三百年出会っていない。
それがなければ、この実験と称した悪趣味な、倫理観のない行動は何の進展もない。
―――『完全』を手にすれば、あるいは。
今やそれだけが、自分の魂を殺さぬようにするよすがであった。
―――例えば、誰かが人であった頃の私の名を呼んでくれるなら。
―――その時こそ、私は安らかに、燃え盛る炎の中で眠れるだろうに。
そんな人間は、もうこの世に存在しない。
ふとTV画面に目を戻すと、そこにはフォーゲルスの選手が大写しになっていた。
右下のテロップには、『三村 敦宏』と表示されていた。
―――なるほど、こいつが件の『アツ先輩』か。
―――こいつの様な人間が、私の『薬』を口にしたら、どんな生き物になってくれるだろうな。
言っては悪いが、今回の合併を回避できる可能性は果てしなく低い。
既に企業間や協会で合意がついているであろうものが、そうそう簡単に覆るものか。
そして、そういう現実を目の当たりにした人間が。
自分の『薬』を口にした後の行動が、今の張嫣にとっては重大な関心事項であった。
「面白そうな男だ」
張はそう呟くと、TVを消して、従業員を招集するためにホールへ向かった。
***
Servatis a periculum! 我らを危難から救い給え!
Servatis a maleficum! 我らを邪悪から救い給え!
《終》