ウラン
登校前に大好きな漫画を読もうと頑張るローシャン・シン(Roshan Singh)くん(10)の両目は、血走っていた。医師からは、もうすぐ失明するだろうと言われている。「いつも最悪の場合を考えてる。怖いよ。お父さんもお母さんも、すごく心配してる」
世界最大の宗教行事、汚染された川に集まる人々
インド北部パンジャブ(Punjab)州の辺境、パキスタンとの国境沿いにある寂れた村ドナ・ナンカ(Dona Nanka)。落ち着かない様子で制服のシャツを引っ張りながらAFPの取材に答えるローシャン君は、毎日、村の共同井戸からくみ上げた地下水を飲んでいる。だが、専門家の指摘によれば、この地下水は非常に有害で、多くの村民の健康を損なう原因となっている。
5月に就任したナレンドラ・モディ(Narendra Modi)首相は、インドを象徴する聖なる川ガンジス(Ganges)の環境汚染を「国家の恥」と評し、浄化を誓った。しかし、ドナ・ナンカ村のある北部でも、鉛やウランなどの有害金属に汚染された川が長年にわたり、住民に深刻な健康被害を及ぼしている。
「ここでは、車椅子での生活が当たり前になっている。これが私たちの運命なんだ」。農業を営むマウン・シン(Maun Singh)さん(65)は、失明した25歳と18歳の息子たちの傍らに座り、嘆いた。
村の近くを流れる川は、ヒマラヤ山脈(Himalayas)にその源を発し、インドとパキスタンの国境沿いをうねるように流れるサトレジ(Sutlej)川の支流だ。専門家らは、インドの工場とパキスタンの皮革加工場がサトレジ川に垂れ流した未処理排水が、流れのゆるやかな村周辺で滞留し、土に染み込んでいるとみている。
この汚染の責任がインドにあるのか、パキスタンにあるのか、それとも双方とも非難されるべきなのかはまだ科学的に解明されていないが、被害は甚大だ。近隣の村々では住民1200人の間に、失明や手足の変形、若年性の白髪、学習障害、皮膚病がまん延し、至るところで車椅子を見かける。
村の小学校のロブジート・シン(Lovjeet Singh)校長は、「失明などで退学を余儀なくされる生徒がとても多い」と語り、生徒270人のうち108人が何らかの病気や障害に苦しんでいると話した。
■9割近い子どもの血液から重金属
日干しれんが造りの小さな家々が狭い道に立ち並び、堆肥のにおいが漂うドナ・ナンカ村では、ハエや蚊がたかる側溝で子どもたちが遊んでいる。貧しい農村の人々は長年、堀井戸や手押し井戸ポンプ、池、かんがい用ため池などの水を、調理や洗濯、飲料用として利用してきた。
隣接するテジャ・ロヘラ(Teja Rohela)村出身のバジャン・シン(Bhajan Singh)さん(30)は、生後6か月ごろから下半身不随だ。2010年に政府の役人たちが、村の家々の壁に「この村の水は飲料水には不適」だとの告知文を貼って回ったのを覚えているという。
「役人たちは一部の村に水処理設備を作った。でも、僕らの村にはまだ1つもないんだ」とバジャンさん。「早く対処して欲しい。有毒な水が何もかもをめちゃくちゃにしているんだから」
飲料水汚染は、インドをはじめ発展途上国に共通する問題だ。急速に進む工業化の裏で、環境への配慮が後回しにされるケースが頻繁に起きている。
中でも、パンジャブ州マルワ(Malwa)地方の村々が直面している問題はとりわけ深刻だと、村人たちの調査・治療に12年携わっているプリットパル・シン(Pritpal Singh)医師は言う。2010年に子ども149人から採取した血液サンプルから、高レベルの重金属が検出されたのだ。
「インドの研究所では血液検査の設備が整っていないため、ドイツの研究所に送って調べてもらった」と、シン医師は同州ファリコット(Faridkot)で開業するクリニックでAFPの取材に説明した。「結果はショッキングなものだった。ある程度の水銀やヒ素への暴露は想定していたが、子どもたちの血液サンプルの88%から高濃度のウランや鉛が見つかった」
■唯一の希望を抱きながら
インドの原子力研究の中心であるバーバ原子力研究所(Bhabha Atomic Research Center)が2012年に実施した地下水の調査では、採取したサンプルの42%から飲料水としての許容限度を超える濃度のウランが検出された。
パンジャブ州にはウラン鉱山はない。地元選出のバグワント・マン(Bhagwant Mann)議員は、州内の重工業工場やパキスタンの皮革加工場が地下水の汚染源だと非難する。「厳格な法律を作り、工場に未処理廃水の垂れ流しをやめさせなければならない。これが唯一の解決法だと考えている」
一方、一部の専門家たちは、インドの穀倉地帯であるパンジャブ州の農産物収穫量を1960年代に倍増させたいわゆる「緑の革命(Green Revolution)」にも一因があると指摘する。農薬の使用が急増した結果、土壌や水が汚染されたというのだ。
責任の所在はともかく、同州のスルジット・シン・ラクラ(Surjit Singh Rakhra)水道・公衆衛生担当相は、州政府は世界銀行(the World Bank)と協力して解決策を模索するなど、懸命に対処しているとAFPの取材に説明した。
「重金属による水質汚染が確認された村々は既に特定した。遅かれ早かれ、全ての村に水処理施設を設置する」(ラクラ氏)
この約束は、失明した息子2人を抱えたマウンさんには遅すぎた。それでもマウンさんは、障害や病気を抱えた村人の数が増える事態を政府がやがては食い止めてくれると期待している。
「息子たちは、私にとって世界そのものだ。そして、その世界は暗闇の中に沈んでしまった。だが、少なくとも次の世代の暮らしはましになるだろう。それだけが私たちの希望だ」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141226-00000028-jij_afp-env