4年越しの議論の末、薬の費用対効果を検証する取り組みが、そろりと始まった。中央社会保険医療協議会(中医協)の専門部会が27日、対象の薬を決めた。

 委員の前で事務方が読み上げたのは、C型慢性肝炎の治療薬「ソバルディ」とその類似薬、再発乳がんの治療薬「カドサイラ」、そして1人当たり年間3500万円かかるといわれる小細胞肺がんの治療薬「オプジーボ」など計7品目。会議は30分程度で終了した。

 命の話にコストを持ち込むことへの抵抗感からか、予定より2年遅れた「費用対効果」の導入。国が踏み切ったのは、次々に高額な新薬が登場し財政負担が増す中で、その価格は本当に効果に見合うか-という疑問が生じているからだ。

 薬に保険が適用され価格が決まる際には、患者の状態がどう改善し、寿命がどれだけ伸びるかという「効果」は反映されていない。

 値付けが透明性に欠けるという指摘もある。画期的な新薬では開発費が値付けの元になるが、ある官僚は「企業側の情報に依存せざるを得ず、グレーなところがある」と漏らす。

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 費用対効果の分析は、既存薬と比較しながら、まずメーカーが行う。そのデータの再分析を経て、新たに発足する国の専門組織が評価を行う。


「1人が健康な状態で過ごす1年」を「1QALY(クオリー)」とし、それにかかる追加の費用が高ければ、費用対効果が「悪い」、安ければ「良い」とする手法が使われそうだ。問題はその境目。世界保健機関(WHO)は「1人当たり国内総生産(GDP)の1~3倍(日本では約380万~1140万円)程度」を目安に示し、日本の研究では「500万~600万円程度」との試算もある。

 「つきつめれば、1人の患者を1年生存させるのに、国民がどこまで負担できるのかというドライな話だが、議論自体が分かりにくい」。全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長が指摘するように、患者側には導入に強い懸念がある。

 「費用対効果」で薬価引き下げのみが注目されることへの警戒感もある。「感冒薬を出し過ぎではないかとか、命にかかわる疾患では患者負担を軽減し、そうでないものは増やすべきではないか、といった本質的な議論が見えにくくなる」(天野氏)。

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 世界で「費用対効果」をいち早く始めたのは、国内に大きな製薬会社のない豪州やカナダだ。そのカナダの抗がん剤審査機関は4月、「オプジーボ」の非小細胞肺がんに対する費用対効果評価を発表した。

 既存の治療薬「ドセタキセル」に比べて、「患者に利益をもたらすのは確かだが、費用対効果の良い選択肢とはいえない」とし、投与期間が不明なことや適応患者数の多さを挙げて、「財政的な影響や費用負担の観点から、価格は下げるべきである」と結論付けた。助言を踏まえ、カナダ各州は、企業と価格の引き下げ交渉を行う。


「日本の分析が、カナダと同じ結果になるとはかぎらない」と医学関係者。患者が働けなくなる損失や、家族が介護する社会的コストをどう見るか。若い人と高齢者の1年は同じ価値か。終末に近い1年とそうでない1年は同じ重みか…前提条件や価値観は、国によって異なるからだ。

 国際医療福祉大学の池田俊也教授は「評価には、社会的、倫理的な優先順位も含まれる。だからこそ、こうしたことを国民が議論しておくことが非常に重要だ」と指摘する。

 それでも課題は残る。「費用対効果が良い」ことと「買えるかどうか」はまた別物だ。値段も効果も高い「夢の新薬」が現れたとき、それを皆保険でまかなえるかどうかは、国民の選択にかかっている。高齢化で公的保険や財政に限りがある中で、何を選び何を捨てるか。その議論なしに夢の新薬は手に入らない。


http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/160430/lif16043017000014-n3.html