昭和63年11月1日、いよいよ代理店としてのスタートしました。先ずは、契約j者へのあいさつ回りをしたと思います。はっきりとした記憶がないので、これからは想い出しながら書いて行きます。
11月の成績分を12月下旬にコミッションを頂けます。確か、126,000円だったと思います。独身で実家に住んでいたから生活出来たレベルです。
同級生が親の所有するビルで居抜きで空いていた喫茶店をやってまして数名の同級生が利用してました。その彼が「保険屋は自営業とはいえ12万じゃなぁ~」と馬鹿にされたのをはっきりと覚えてます。頭に来ましたが、その一言でやる気が出て翌月は20万円を超えて何となく仕事にも身が入っていきます。
もうこの頃には飛び込み訪問はやってませんでした。2年間は日報を付けてましたが、同じところをぐるぐると飛び込み訪問して門前払いであっても顔を会わせる、言葉を交わす(インターホンでの門前払いもOK)で1件と数えて、246件の飛び込み訪問して1件の成約でした。もうしたくなかったです。
超効率悪い飛び込み訪問・・・
保険会社の指導ですよ、これが営業を知らない輩が指導するのだから仕方ないでは済まされないレベルだと思うのは私だけか?
少なくとも北海道の同期で代理店での成功を夢見て頑張った11人全員が脱落した事実がある。保険会社的には使い捨てで残った者を鵜飼の鵜のごとく働かせれば良いとの考えなのか?皆さん良くお考え頂きたいです。