保険会社の指導を真に受けて、友人知人にアポ電話して訪問し多少契約取れてほとんどは断られ気まずい関係になり、行く所無くなると飛び込みすれと言われやってみて、悲惨な毎日と超低成績・・・。
2年間の研修中に5回の査定が有ります。査定は契約高の数字のみです。4回目の査定までは何とかギリギリクリア・・・給料は最低・・・。
2年間の研修を終えて個人代理店として卒業するのですが、標準の数字が種別認定基準で2,000万円でした。
この種別認定基準というのは年換算保険料でして月払い1万円の契約の場合、12カ月で12万円になりますから種別認定基準として12万円の成績になります。これが2,000万円必要でした。というのも当時の損害保険の手数料(我々のコミッション)が約20%(今はもっと少ない)でしたので、2,000万円の成績でコミッションが400万円でしたから、経費を差し引いてまあまあの生活が出来るレベルでした。
では、成績最低の私はどうだったかと言うと、最終成績は680万円でした。卒業の最低成績が800万円でしたので成績割れで本来はクビです。ですが、支社長も担当者も責任を感じたのか、いや叔父の手前ヤバいとは思っていたでしょう。足りない120万円を自爆して数字を作って卒業させてくれました。
でも、翌月には解約されましたので私の代理店スタートは種別認定基準680万円、年収136万円でした。
このブログを読んでくれている保険営業マンで年収136万円以下の方って居るのかな?多分居ないと思います。
こんな最低なスタートを切った男がどのように這い上がったのかを今後書きます。
ここで何故叔父の代理店に入らなかったのか?と疑問に思った方も居られると思います。
当時の保険会社は代理店の数を争ってました。私もその1軒になるわけで上手い事言われて単純に保険会社に利用されただけでした。
「伊藤くんなら絶対に成功出来る。自分で1年やったら分かるから1年たったらそのまま自分でやるも叔父の代理店に入るも好きにしていいよ」と適当な事を言われてスイッチ入りました(笑)