「下り酒」と「蕎麦」 | そば雅 (そば打ち職人)

そば雅 (そば打ち職人)

長野へ出掛けた帰り道に檜の麺棒を購入したのがキッカケで蕎麦打ちに挑戦しましたが実に難しく、美味しい手打ち蕎麦を極めようと独学で研鑽。
今では蕎麦の奥深さに魅了され、少しでもこの思いを広めたい、と思っています。

創業400年以上前の慶長元年(1596)に、初代豊島屋右ヱ門が江戸・神田橋近くで、関西から船でお酒(これが下り酒)を運び、船着き場近くで武士・職人・商人などを客として食べ物も提供する一杯飲み屋を始めました。

(今でいうところの居酒屋の形態ですね)

当時の江戸には美味しい酒はなく、精々濁酒(どぶろく)程度。

更に、江戸っ子に人気のあった蕎麦を一緒に勧め、大繁盛したのです。

こんなことから(蕎麦+清酒)のコラボが大いに受け入れられました。

 

この蔵元・豊島酒造は、今でも東村山市で代々の伝統を受け継いでいます。

 

 

 

 

 

 

-下り酒-

洗練された上方の酒・清酒のことで、諸白(もろはく)と呼ばれました。

 

 

-雑学-

江戸前期は上方の方が文化・技術に優れているものが多く、製品は京や上方から江戸方面に下ったので、優れたものや高級品を「下り物」と呼び、そうではない物を「下らない物」といいました。

現代でも粗悪品などを指して「下らない物」と使われていますね。

 

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