のは気のせいなのだと思っている。

何しろ自分が変なのだから😓

変というものは無限にあるのだけれど、わざとらしい人が関わってくる事が多くなった、のも気のせいなのだと思っている。


例えば、箱根の大観山でタバコを吸っていたら、『ライターを貸して下さい』という人が現れました。

なかなか火が点かない不機嫌なライターを2つ持っていたのですが、気の毒になったので、比較的調子が良い方のライターをあげた時のリアクションが変な感じでした👀

ライターをあげる前に念のために『ライター持ってないの?』と聞いたら、『えっ?えっ?』と言ってうろたえてから、ウエストポーチをさわりながら『ジッポを持っているのですが・・・』と言って、さらにうろたえていました。

自分は、ライター自体を切らしているのか?遠くに停めてある車の中に置き忘れたのか?という意味で聞いたのですが、まるで台本を置き忘れた様なリアクションに変だと思ったのです。

そして、『じゃあ点きやすいライターをあげるね』と言ってライターを渡したのですが、『すみませんね』や『ありがとうございます』という返答が無い代わりに、驚いた顔をされてしまいました。

自分は、やっぱり台本を忘れてしまったのだろうな?と思ってしまいました。

そして、その人はタバコを吸い始めてからも居場所が無い様にモジモジしながら、目の前にある一か所しかない喫煙所の灰皿に近づく事もなく、どっかに行ってしまいました。


やっぱり、変だと思った自分が変なのでしょうね?😞💨

さすがに、四六時中、自分に監視しながらまとわりついている人達なのかな?などと勘繰ったりはしていませんが・・・