春夏秋冬

春夏秋冬

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沖縄平和祈念公園に到着。
沖縄にとって忘れることの出来ない沖縄戦、20万人以上とも言われる犠牲者を慰霊、多くの慰霊碑や慰霊塔、慰霊施設等があります。




【摩文仁の丘】
今は風と波の音が響くのみ。
この辺りは、司令官牛島満の自刃により日本軍の組織的戦闘が終結した場所であると同時に、司令官最後の命令「~祖国のため最後まで敢闘せよ。さらば、この命令が最後なり。諸子よ、生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」により、残った兵士や民間人にとっては地獄のような場所だったと言えます。逃げ場を失った人々がこの場所でどのような最後を遂げたのか、激しい砲撃や銃撃、火炎放射器を浴びる一方で、集団自決や断崖絶壁からの飛び降り、敵への無謀な斬り込みや日本人同士での殺し合い等、想像を絶する凄惨な事態が終戦まで続くことになります。生存者の証言や映像等、様々な資料から知れるその状況は、まさに地獄そのものです。
観光地化に伴う国の取り組みについて、県民それぞれに複雑な想いがあること、また、渡嘉敷島での強制集団自決や久米島での集団虐殺等、沖縄本島以外での出来事も忘れてはいけません。犠牲になられた方々に黙祷を捧げます。
【ひめゆりの塔】
県師範学校女子部と県立第一高等女学校の生徒・教師227名の慰霊塔。ひめゆりの塔やその内容を初めて知ったのは、昔観た映画「あゝひめゆりの塔」を通してでした。この映画を観て以降、太平洋戦争や沖縄戦、ひめゆりの塔等について調べ始めたことを覚えています。
【沖縄陸軍病院伊原第三外科壕跡】
深さは14mあり、梯子での昇降だったとのこと。6月19日朝、黄燐手榴弾の攻撃を受け壕内約100名中80余名が死亡。内ひめゆり生徒・教師は42名。数名の生徒・教師が何とか脱出するも、銃撃又は砲撃で死亡した模様。(行方不明)日本軍の組織的戦闘が終結すると同時に突然の解散命令を受けることになったひめゆりの生徒と教師、解散命令以降に亡くなった117名(全体では240名)のことを想うと、戦場の真っ只中に投げ出された後の状況が、いかに凄惨であったかは想像に難くありません。

【追い込まれていく人々】
アメリカ軍本島上陸から2ヶ月半、司令官自刃、日本軍組織的戦闘終結、突然の解散命令、逃げ場のない戦場、凄惨な状況と… ひめゆりの生徒・教師に待っていたのは、過酷で凄惨過ぎる現実でした。
【ひめゆり平和祈念資料館】
ひめゆり同窓会により設立され、映像や写真、遺品や証言等を通して実相を伝え、戦争の凄惨さや平和の尊さを後生に繋ぐ資料館となっています。沖縄県平和祈念資料館と共に、次回沖縄を訪れた際には、時間に余裕を持ってじっくり見学したいと思います。犠牲になられた方々に黙祷を捧げます。
【敷地内に可愛い猫がほっこり
また来ます😌
【那覇空港】
レンタカー返却後、一路那覇空港へDASH!

しかしあっという間の2泊3日でした。天候が安定していたこともあり、とても気持ち良く有意義に過ごすことが出来ました音譜まだまだ行きたい所ややりたいこと、食べたいものが一杯。もちろん次回の楽しみにしたいと思いますニコ
寒波や雪の影響で出発が1時間程遅延飛行機DASH!
夕食でも食べながらのんびりします音譜
思い出話に花が咲きますハイビスカス