背中痛い本気で…(笑)
はいっ!さてさてチクワさん3体目でございますよ~っヾ(´∀`ヾ)
ちょっと、それぞれ何か違うヾ(・д・`;)
まぁ、きっと分からないでしょうと言う事にしておきます(笑)

今日のお話は~っ「死」についてです。
皆さん「死」と言うとどんなイメージがありますか?
私に介護と言う素晴らしい世界の扉をあけるきっかけを祖父に貰ったので、今日は介護の学校に通っていた時のエピソードを話そうと思います。
終末期介護と言う延命を目的としない残りの人生を安らかに出来るだけ過ごせる様に痛みを緩和させたりする事を目的とした施設があります。
ターミナルケアと言うのですが、その施設で働いていた先生が話してくれたお話です。
施設では日に何人も看取りをする日があれば2日おきくらいに人が亡くなると言うのが日常で…それだけ、人が亡くなると正直な話…死には慣れるんですね‼と先生は話しました。
死に慣れる…って…と私は思いました。
続けて、何年もこのターミナルケアを続けていると亡くなる時期が近い人の部屋は気配が変わり分かる様になると言っていました。
どんな気配なのか…と想像はしてみました。けれど、私には分かりません。
ある利用者さんの話をしてくれたのですが、もう亡くなる寸前の人は魂が抜けるのが目を見れば分かるそうです。
スーっと目の色がガラス玉の様にゆっくり変わるそうです。
その利用者さんは意識がなくなったのですが、ご家族がまだ到着していなかったので、先生は必死に「もう少しでご家族が来ますからね‼」と話掛けたそうです。すると、目に色がスーっと戻って来たそうです。
聴覚は一番最後まで残ると言いますが、摩訶不思議ですね。
そして、ご家族が無事に到着後、安らかにお眠りになったそうです。
さて、私はこの死に慣れると先生が言った言葉にずっと疑問を感じていたのですが、祖父を看取ることによって意味が分かりました。
死に慣れると言うのは、死を受容すると言う事だったのだと思いました。
私は今回、命あるもの必ず死がある。
それが自然な流れであると、経験を持って理解出来たのですね。
現代、死と言うものを遠ざける…いや身近になくなってしまった事にも、命の在り方の当たり前の流れを忘れたり、学ぶ機会が少なくなったとも言えるでしょう。
なぜなら、皆さんが良く食べている肉や魚も自分自身も生き物を殺して食べていると言う意識よりもスーパーに掛け離されたイメージでただの肉として並んでいれば、あまりその自然の淘汰も意識される機会がないでしょう。
死はそもそも身近にある自然な流れなのです。
私達は多くの死によって生かされているそれを強く感じるきっかけにもなりました。
なので、私は死をいたずらに恐がる事も無くなりました。
それでは、今回はここまでにします
今日も1日ありがとう🙋
おやすみなさぃ~っ.゚+.(・∀・)゚+.゚
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