月遅れのご挨拶
色んなことがあったのです。左後頭部から頸部~左耳へ連なる帯状疱疹で一ヶ月半の静養。それとは別に一ヶ月を待たずに右肋骨下部骨折で一ヶ月の安静。入院治療や投薬治療を選ばず、独りで静養する方法を選びました。元看護師でいながら医療を選ばない私は三次元的には変な人。さすがに家族には嘘を言い、治療を受けていると言わざるを得ず、安心させるのに神経を使いましたが。中医をしている友人が漢方処方を7日分プレゼントしてくれたり、別の友人がトリニティで頭部マッサージをしてくれたりして、後半部はずいぶん助かりました。左肋骨下部骨折も、整形外科的な治療はリストバンドで締めて固定するしかないという方法を知っているので、それで3週間を過ごしました。床にあるものをしゃがんで取る度に激痛が走ることを知っているから、物の取り扱いには慎重になり、体の大切さに感謝をしながら、健康の喜びをあらためて感じました。医療の力を知りながら西洋医療には全く頼らないという自分の信念を貫けたことは、結果的には身体をいじめずに労われたなぁと思います。 無謀でしたが。帯状疱疹はものすごい激痛で何度か気を失いそうになり、動けないので水分しか摂れずに体重も7キロほどやせてしまったけれど、後頭部でよかった。顔面だと顔面神経痛になりかねないところでした。全てのことにハイヤーセルフがかかわってくれていると意識できました。有り難いこと。身体も落ち着いたのを待つように、師走に弟が急逝しました。一年半前に兄が癌で逝った後だっただけに、あまりの突然な出来事に目の前が真っ暗になりました。病床に更けている家族を見るのも死を待つようで辛いものがありましたが、昨日まで元気だったのにという弟の急逝はまた動揺と哀しさと辛さが残ります。ヒートショックによる心筋梗塞。皆さんも温度の差のある場所はお気を付け下さいね。5人いたきょうだいが、姉と私と二人だけになってしまって、どれだけ泣いても哀しみは消えませんでした。四十九日を終えてほんとにお空に還ったのだと理解することで、やっと家族の心も穏やかに戻り始めたところです。一時的に歌えなくなりました。ソルフェージュのレッスンをして声楽が上達することに何の楽しみがあるだろうと思うようになりました。ピアノの音階を辿っていくと哀しみが増し、まだ声を出して歌えません。今課題になっている「希望」という曲は、歌いたくて選んだ曲でしたが、伴奏が始まると喉が震えて歌えません。この曲は封印したいとソルフェージュの先生にお願いして、そしてソルフェージュのレッスンはもうやめることにしました。あんなに歌が上達することを望んでいたのに…もう一つのレッスン、シャンソン教室は、今日は歌えないと、歌わないで出席だけしたけれど、ちょうど今年から始まった歌の課題が皮肉なことに「アデュー」。先生のお手本を聴きながら、鼻水が出るほど悲しくて仕方がなかった。男と女の別れの話なのだけど、どうしても弟との別れが重なって歌えない。教室ではいつも笑わせていた私が泣きじゃくる姿をみんなに見せてしまって、自分はどれほどに悲しいのだろうかと自分で認めざるを得なかった。共泣きしてくれる仲間の優しさ、ありがたさ。先生からたくさん励ましをもらって所見を何とか超えて歌い終わり、シャンソンは捨てられないと思いました。これからは上達するためのシャンソンの個別教室もソルフェージュ教室もやめて、ただ楽しむだけのシャンソン教室だけに留まろうと決心しました。悲しくて歌えないという貴重な体験をして、自分に正直になれたことは小さな財産になりました。翌日、先生からお詫びと、頑張って歌えたことの励ましとをもらって、心が軽くなり、そればかりか再び歌を口ずさめるようになりました。歌は命に通ずるなぁと思った瞬間でした。そんなこんなで私の2,023年のスタートは、節分からのスタートになりました。 もう元気です。