Shiiの『育児イロイロ☆ナナイロブログ』 -18ページ目
0時頃になっても、
起きている人の方が多い。


絶え間なく続く余震に、
落ち着いて寝ていられない。


そんな中、出張明けと2時間半の徒歩が堪え、旦那はうつらうつらしていた。



娘は、環境の変化を感じて寝付けず起きていたが、
いよいよグズり始める。


赤ちゃんは連鎖的に鳴き始めるため、

娘も泣き出した赤ちゃんに、つられて泣き出した。


さらに寝ている赤ちゃんや、みんなを起こしてしまう。


娘を膝掛けにくるみ、廊下に出た。


中とは別世界で、かなり冷え込んでいる。


他の部屋が解放され、廊下に人はいなくなっていた。


赤ちゃんは敏感だ。
母親の表情や、声のトーンを感じとる。


薄暗い廊下で、
激しく泣く娘を抱きながら、
涙が込み上げる。


今日、起きたこと。


夢であるならば、どんなにいいだろう。



でも、これは現実。


娘の涙を止められるのは、今は私しかいない。

しっかりしなくちゃ。




娘は腕の中で、
激しく泣いては、うとうとしてはまた泣くのを繰り返し、

しばらくして泣き疲れたように眠った。



時計は1時を回るところ。



まだ、寝ていない人も多かった。


寝れないよね。


バスタオルを引いて、旦那の脇に娘を寝かせる。


安らかな寝顔に癒される。


この子は、絶対に守る。


パパも同じ気持ちだろう。


パパと娘の寝顔に、改めて無事に安堵した。




旦那の会社は、古いビルの5階だが、揺れが大きかったらしい。


普段から、人が走ったら揺れるようなビル。


地震当時、

旦那は社内にいて、
机のパソコンは床に落ちや、コピー機もガンガン倒れる。

事務員さんは悲鳴をあげ、

避難階段は、壁がはがれてボロボロ落ちる中を駆け下り避難。


旦那は生まれて初めて、

死が過ったという。



地震が落ち着いて戻ってみると、


パソコンがすべて落下し、業務復帰はなかなか難しそうな状況だったらしい。



明日から土日で休み。

パパがいてくれる安心感。


まだ2時か。


早く、夜が明けないかな。



長い長い一日。


長い長い夜。



少し眠ろう。

早く朝がくるように。





3時過ぎ。


また余震。

どちらともなく、私と旦那が娘に覆い被さる。
弟は、まだ自分のマンションの被害を確認していないし、

何より、彼女の安否が心配で落ち着かない。


私もかかりにくいのは分かっていたが、電話を連打してかけてみた。


何十回かけた時だろう。


繋がった!


けど、留守電だった。



でも、携帯は繋がるのに返信出来ないということは、


仕事柄、携帯は持たずに店舗に立ち、


地震時は、荷物を持たずにお客様をまず誘導し避難しているだろう。


きっとそうだ!


弟は、彼女と半同棲中。


弟「□□(彼女)が帰ってくるかもしれないから、マンションも心配だし様子見に行くわ。」


21:30


弟は、

コンビニのカップラ一つと、ヨーグルトと、彼女用に確保したご飯を持ち、



暗闇の町にまた出て行った。




22:11


弟よりメール

弟はマンションの10階。

『家の中、めちゃくちゃ!!□□(彼女)帰ってないみたい!!』



そんなとこにいて、大きな余震が来たら大変だ。


私メ『持てるもの持って、こっち戻ってきなよ!』


弟メ『荷物持てる状況じゃないかも!□□(彼女)連絡取るの難しいかも』


弟は、彼女が戻ってくるかもしれないから、マンションで待っていたいようだった。


しかし、真っ暗だし寒いし戻る保証もない。


何より、余震。


弟メ『日が登ってくれるといいんだけど。どうしよう』


私『日が登るには、まだ長すぎる!戻って朝を待ちなよ!』




23時過ぎ、弟が避難所に戻ってきた。



弟のマンションの状況は、


真っ暗だからとりあえず、携帯の明かりを頼りに、
靴のまま入ったらしいが、

足元が、何らかの破片でバキバキいっていて、


寝室への扉が、何か引っ掛かって開かない。


台所では、冷蔵庫は倒れないものの中身が散乱。


リビングは、水槽が床に落ちている模様。


大型のデジタルテレビは大丈夫!



それを確認するのがやっとで、とりあえずほぼ手ぶらで戻ってきた。



明るくなったら、また確認に行くと。



私達のスペースは狭いし、

薄明かるくなったら、すぐに彼女の職場に向かいたいというので、

弟は避難所の駐車場で、車中泊を決めた。




市民センターの私達が居た、畳の広間には、


自家発電による、ライトが一つ置いてあった。


人が寄り添っているせいか、暖房が無くてもコートを来てると寒くはない。


今思えば、給水所を兼ねていたため、水も出ていた。

そのため、赤ちゃんのミルク用にお湯がもらえた。




20時頃


施設担当者「今から、クラッカーと水を配ります。ご飯を炊き出ししてますが、水からなのでもう少し待っていて下さい!」


1人に、クラッカー10枚ほどと保存水1本が支給された。


クラッカーを一枚かじる。

水分が持っていかれて、味もなく、一枚で十分だったけど、


すぐ配給の対応が始まり、炊き出しがあるなんて、有り難がった。



21:00


母より父帰宅の連絡があり、安堵する。



炊き出しが出来たようだ。


パック詰めにした、わかめご飯だった。

おにぎり一つ分より多く、大人でもお腹は十分に満たされた。


施設担当者「おかわりあります。いる人いますか?」


弟の彼女も避難してくるかもしれないので、一つもらった。


続けざまに、


施設担当者「ラーメン屋◯◯さんより、スープの差し入れを頂きました!」



温かい中華風スープが配られた。


温かいスープが、冷えた体に染み込んだ。


豆腐が入っている。


これなら!


娘は離乳食後期。

しかし、軟飯を食べているので配られたわかめご飯は、食べられなかった。


ミルク用のお湯で、わかめご飯をふやかしたけど、少し硬くてあまり食べなかった。


娘が大好きな豆腐!


スープをお湯で割り、お豆腐をあげるとパクパク食べた。

あとはミルクと母乳をあげた。


娘が食べれるものがない。


私が食べて、とにかく母乳が出ないと。

粉ミルクのストックも無くなる。