Shiiの『育児イロイロ☆ナナイロブログ』 -12ページ目
3月14日(月)

地震から4日目。


5時過ぎに娘が起きた。


鼻水が垂れてる。

風邪ひいちゃったか。。。


さすがに、朝は冷える。

ストーブを付けるが、まだ寒い。

でも娘は元気に、パパを踏みつけてハイハイ。



地震前に比べて、

ハイハイが早くなってる。

そういえば、

避難所の集団生活で、
人見知りも克服した気がする。


地震で、娘は成長したんだな。


私達大人も、成長しなくちゃ、
前に進まなきゃ。




6時には皆起きて、

義父と旦那はお湯を沸かして、体を拭く。

旦那が頭を洗うのに、お湯かけを手伝う。


こういう時、

旦那が借りていた、義弟のリンスインシャンプーは、節水になるなーと思った。


遊び疲れた娘は、授乳でまた眠った。



朝ご飯は、昨日のご飯をおにぎりにして

ストーブにアルミホイルを敷いて、おにぎりを温めた。

あとは、冷凍していた魚を焼いて焼き魚。

味噌汁。

日本の朝食という感じに、落ち着く。



義父と旦那は、
今日はとりあえず、義父の会社の車で一緒に出て、旦那は会社に送ってもらう。


義父は、会社の車で通勤。

義弟は、家の車で通勤。

旦那は、電車通勤。


もうすぐガソリンが無くなるし、電車は運休。

今後の通勤が心配だ。



旦那と、離れ離れの生活。


ライフラインが復旧するまでだから、

きっと、すぐまた一緒に暮らせる。


お互いにそう言い聞かせて、


旦那は娘の寝顔を愛しそうに、寂しそうに見つめ、


家族のために、仕事に出掛けた。




しばしのお別れ。





のはずが。。。







食後に、携帯を確認するも

名取も圏外だったり、

電波が、一本入っては消えを繰り返していた。



早く、心配している友達に返信したかった。


義妹いわく、

二階の廊下が、かろうじて少し入るかもしれないというので、

とりあえず、


懐中電灯で旦那も二階に行き、廊下の窓際に立つ。


旦那が、携帯を持った腕を上にかざす。


旦那「あっ、電波入る!」

あれ?

私が精一杯腕を伸ばしても、電波が入ったり入らなかったり。


身長差か。


旦那に私の携帯で、メールの問い合わせをしてもらうと、


また何件か、安否確認メールがあった。


一度一階に戻り、


連絡をくれていた、友達への返信用メールと

安否確認出来ていない友達や、仙台の元職場の人達へのメールを作る。



余震も、真っ暗なのも怖いし、電波もより高い方が良いので、

二階へ、旦那にも付き合ってもらう。


旦那に、一件一件送信してもらう。


電波が良くないため、一件一件に時間がかかる。


そして、十数件のメール。


旦那「どんだけあんのよ(笑)」



送信している間に、またメールが届く。



時間がかかったが、一通り送れた。



また、充電も危うくなってきた。



体もだいぶ冷えた。




電気が付かない名取実家は、

お風呂も電気で温度調整のため、お風呂には入れない。



21時過ぎには

皆、布団に入った。


二枚分の布団に、

旦那と私と義妹と娘、4人で寝る。

義父は、ダイニングに長座布団を敷いて寝る。



なかなか寝付けない。


娘は、広々とハイハイして疲れたのか、すぐ眠った。



携帯を横になったままで、腕を伸ばして上げてみると、少し電波が入った。



問い合わせると、私の返信に安心した、高校の友達からのメールあった。


まだ連絡が取れない友達の、親御さんも心配しているから、

連絡があったら、教えてほしいとの事も書かれていた。


私も、その子に先ほど安否確認のメールを送って、まだ返信はないが、

確か、彼女は秋田のはず。

秋田は、きっと大丈夫だろう。




もう一件、仙台市在住の友人。


地震の当日に、仕事で気仙沼に行った旦那さんと、その日以来、連絡が取れていないと。


気仙沼。


同じように、当日に気仙沼に仕事に行っていた友人から


命からがら逃げてきた状況を聞いていた。


血の気が引く想いがした。

友人を励ましながらも、無事を祈ることしか出来なかった。





旦那は、布団に入り久々にPSPでモンハンを始めた。


いつも、夜中までやっていて私に呆れられているが、


こんな時には、良い気晴らしになるだろう。



少しだけ、日常に近づいた気がした。




うとうとすると、



また余震。



すぐに、恐怖心がよみがえる。







懐中電灯と、キャンプ用のライトの元での夕飯。


湯気の立つ、白いご飯を一口食べて泣きそうになった。


娘も、温かい栄養のある離乳食を完食した。



夕食中、仏間の電話がなった。



施設に移る前に、義祖母だけが使っていた電話で、


停電中にも関わらず、なぜかこの電話番号だけ繋がっていた。


義父がしばらく話していると思ったら、

私が呼ばれた。


山形の父からだった。


名取実家の電話が繋がらないため、義祖母の電話番号を山形に教えていたらしいが。



義父「迎えに来るって」


私「えぇ!?」



ガソリンが無いと言っていたのに。



私「もしもし」


父「おぉ!大丈夫か?」


私「うん。迎えに来るって!?」



聞くと、

父に母が連絡して、私が名取に避難したと聞いた父は、

職場から送迎用のミニワゴン(10人乗り)を借りて帰ってきたらしい。


職場の人達も、名取に娘家族が避難していると聞いて、快く車を貸し出してくれたらしい。


父は、蔵王の温泉旅館に勤めている。



父は、山形は昨日から電気も戻ったし、今から向かうから、

名取の皆も山形に避難してきたらいい!と息巻いていた。



私「ちょっ、ちょっと待って!お母さんいる?」



母「もしもし?会社の車で帰ってきて、ビックリしたのよ。今から行くって言ってるんだけど。」


私「うんうん。ただ夜は危ないし、パパ達とも相談さして!」


食卓に戻り、皆に伝えると

義父も旦那も、明日は職場に行く。

義妹も明後日は、職場に行くかもしれない。

義弟は、炊き出しのため職場から帰れない。


そこで旦那は、

安全策で私と娘だけでも、山形に避難したらいいじゃないかと言ってくれた。


パパ、ありがとう。



私「もしもし?皆、仕事があるから私と***(娘)だけ行くよ。ただ、こっちはまだ信号も付いてないから、明るくなってから向かって。」


父は、そうかぁ?とウズウズしているようだったが、

母になだめてもらい、朝一で山形を出ることで合意した。


私「ありがとう。気をつけて来てね。」



何だか、安心したような、
私だけ申し訳ないような、
複数な気持ちだった。



でも、誰もが娘の安全を第一にと言ってくれた。