姿勢や呼吸を意識していると

人は思考と感情の間で揺れ動いているんだなって思う。

思考は頭で、感情は腹。

それぞれが肉体や精神に影響を与えている。


よくも悪くも頭である思考はよく動く。

体の一番上にあり、いろんな情報を処理している。

腹は体の真ん中にあり、感覚をとおして

言葉なき声を発していたり、今までの感情を蓄積していたり。


最近思うようになったのは

思考はとりとめもないなっていうこと。

実態がないというか、変幻自在というか

それに比べて感情というのはいつも腹にあるように思う。


何かつらい、悲しいなって思う事があると

思考はいつの間にやら勝手に

自分にいいように理屈をこねている。

時には人を非難して、自分を正当化して。



なんでなんだろうね。

ふと、思考から離れるとそこにはただ感情があるだけなのに。

頭は感情を感じないようにしてるのかな・・。



ただ感情があるだけ。

感情というエネルギーが腹にあるだけ。



それがあるだけで、体もいつもと違って緊張したり

思考もへんな事を考えてしまう。



今はこの感情をただみていけばいいんだと思うようになった。

何か自分の中にあるものを感じていれば

そして、これが消えるまで待っていればいいのだと。


そのために呼吸と姿勢に意識している。

息が吐けるように

体がゆるむように

ただ、その感覚を待って続けてみている。

















この前、ココロが揺れた出来事があった。
そんなにたいしたことではないんだけどね
けれど、ココロが動揺すると身体にも変化がある。

そんな時、無意識に何かを食べようとする自分がいる。
食べてこのショックを紛らわしたい
この感じを感じたくないんだろう。

ちょっと、口にお菓子をほおばり・・・
いかん、いかん!
自分のパターンに気づき
冷静さを取りもどそうと
姿勢を伸ばして、呼吸に意識する。

そうすると、自然とココロが落ち着いてくる。


落ち着いてくると
見え方も変わってくる。
客観的に物事を捉えれるもので♪


あ、これは自分のことではないな。と
そんな気づきが起こる。



【自分がこうあってほしい・・・】
そのような期待がくじかれて、
起こったショックだったのだ。


そういえば
人のことや、周りの事に対して期待、
こうあってほしいという思いがあることで
いろんま摩擦があったなと思う。


期待って相手に寄りかかるようで
自分のバランスを崩しているような状態だ。
前のめり 思いだけが先走ってる。

だから、
相手が受け止めてくれないと
倒れてしまう。

自分で転んでしまうのと同じだ。
バターンとね


でも、自分が大変なとき
自分がしんどいとき
誰かを期待することもよくある。
そうして、
自分を支えようとすることだってあることだ。


そんな時は相手が答えてくれないからといって
相手を責めてはいけない。

自分が期待していた事に気づいて
まずは自分でバランスをとろうとしなくては
寄りかかっているのではなく、自分で調子をとるように。



また、自分ではなく
相手が強く言ってくるときもある。
こうしてほしいと訴えてくるとき

そんな時は相手も困っている時だ。
そこには相手の期待があり、相手の思いがある。
それが少し過ぎるだけ・・

そんな時は無理に押しのけたり
押し返したりするのでなく
サッと受け流せばいい。

相手も大変なんだと理解してあがれば
こちらも力むことはないだろう。


そうして自分のバランスを取りながら
そこに一緒にいていたら
相手もバランスが取れてくる。

それを信じていることが大事なんだと思う。
これも内田先生の講座からなんですが

心・技・体は よく別々に扱われていて
どれかが高くて、どれかが低い。
そんなように扱われているようだけど
そんな事はなく、心、技、体というのは同じ数値であり
それが 全体として 高いか低いかの違い。

うまい選手というのは全体として高い ・・・・

そんなお話をされていました。


私も 心・技・体といえば
チャートのような円形の線グラフを思い浮かべ
それぞれが何点なんて思っていたふしがあります。

でも、よくよく考えてみればなるほどそうだなって思ったです。

私たちは動物して、人間として
感情であるココロと
思考である頭と
身体という肉体をうごかしてるわけで。

それらはいつもつながりを持ってうごいているなって思うです。

例えば、 何か急に飛び出してきたものらなら
思考は警戒して
感情が ドキッとして
身体は 緊張して構えるわけで

互いに関係を持ちながら動いているわけで
つまりは連動していると思うです。


人が動いたり、活動するときは
これらを動かしながら、何かをしようとするんだと思います。


でも、何かをしたいと思いながら
行動できないでいることもあったりしますよね


そんな時は 感情、思考、身体にどこかコリがあるじゃないかな
そしてどこかにあるコリが他の二つも動きづらくしている。

感情→思考、身体
思考→感情、身体
身体→思考、感情

過去に嫌な経験があって、苦しみを思い出すから
感情はギュ-っとなって
→身体は緊張していまい、
→思考はもう嫌だ
そんなふうになるんだと思います。

他にも
思考  何かが気になっていたり、こだわりがあったり
身体  痛みがあったり、何らかの病気があったり

これらも同じような働きをするでしょうね。



何らかのコリがあるから、全体に作用していまい
動きづらいと思ってしまうのかもしれない。


そんな時、私たちは コリをほぐそうとしますよね。
筋肉が張っていれば、手を当ててマッサージをするように
思考も感情もほぐして 柔らかくする必要があるんだと思います。

そのためには
気づく事が大切なんだと思います。

自分のどこにコリがるのか
どんな事を溜め込んでいるのか。

そして、みつけれたらただそれを感じながら
認めていけばいいじゃないかな

受け入れがたいこともあると思うけど
それも必要だったこと。

物事には両面があるから
反対側に大切な何かがあるはず。

私はそれを信じてやっていこうと思います。
まずは自分から緩めていきたい。