毎日定時で帰りたいので生産性の調査に3冊目。そもそも企業に属しているので、

器(組織)の方からアプローチできないかナ?と読んでみたら興味深い興味深い、

ので冷蔵庫に入れる。

 

【要約】

 社会のしくみは雇用慣行によって大きく影響を受ける。雇用慣行は、歴史の中で

雇用主(経営者)と被雇用者(労働者)などの構成員間の合意によって成立したもので、

長所も短所も存在する。

 日本社会のしくみは大企業の慣習を中心に形作られていた。日本に特徴的な慣習は

「社員の平等」である。その企業に入れば誰もが長期雇用、年功昇給/昇進を得られる、

というもので、職務内容の差異による待遇の差は認められていない。そうしたしくみで

あるため、新入社員には柔軟性や協調性、粘り強さ、学習意欲などどのような

部署の仕事にも対応できうような汎用性が要求され、それが学歴から判断された。

このしくみにより、社員の会社への忠誠心が増し、ノウハウや技術が社内に蓄積され、

経済成長を支えた。

 しかし、これが現在、長い不況の中でそのしくみの長所が薄れ、格差拡大、低生産性などの問題が表出している。その対策として、成果主義導入やジョブディスクリプション整備などを進めたが効果は薄い。なぜならば、上述の通り、しくみの成立には構成員間の合意が

必要であり、一部の者のみにとってのメリットを優先しても根付くことが無いからである。

 そんな日本社会のしくみとは、以下のように成立してきた。大別すると①戦前、

②戦後~高度経済成長期、③高度経済成長後~現在の流れ、となる。

 

①戦前

 江戸幕府の終焉と共に近代化した日本では企業のような組織集団は無く、官僚機構の

しくみが後発する国営企業や民間企業に模倣された。

 この機構は身分格差が非常に激しい。ごく僅かの上級職員(大学卒)、やや多めの

下級職員(高校卒)、さらに数の多い現場労働者(中卒)のピラミッド状であった。

 現場労働者の待遇は悪く、日雇い・出来高であり、昇給昇進は無く、上位者の

情実差配によって扱いが変わった。 

 一方、上下級職位は学歴によって選抜された。当時少なかった大学卒者を取り合う

状況であったため、どのような専門性を有するか?より、どこの大学を卒業したか?が

重視されたのである。そして、職務(仕事の内容)と等級(給与ランク)が併存しており、

どのような職務であっても、等級に応じた給与を得ることができた・

 こ当時の官尊民卑の風潮に加え、労働適齢期の男達の多くが共有する軍隊生活でも

同様なしくみが存在したため、この階層は広く受け入れられていた。

 

②戦後~高度経済成長期

 GHQ主導の民主化政策に加え、戦争末期の国家総動員体制によって芽生えた民衆の

一体感から、労働者の平等が叫ばれるようになった。これは、現場労働者が上下級

職員の月給制度、昇進制度を要求するものであった。また、戦後の窮乏から「生活給」の

重視が求められた。「生活給」とは労働者の生活の必要に応じた給与であり、具体的には

扶養家族の人数に応じた加算のことである。これは実際、年功賃金に近い性質であった。

その後、能力評価を求める労働者(の若い層)と、生活給抑制を望む経営者との利害

が一致したことにより、能力に対する加算である能力給の比率が高まった。

しかし、能力は勤続年数で測定されることが多く、実質的には年功賃金であった。

 こうした平等が叫ばれる一方で、学歴主義も残った。低い階級を脱出する手段が

教育であり、労働者階級であった親たちは、子の世代にはそこからの脱出を願い、

学歴を重視したためである。

 こうした雇用慣行は修正を経ながらも、好景気の中で大企業からその下請けへと

広まっていった。「スタート時点では学歴に応じた待遇であるものの、その企業に入れば、

職務内容に関わらず、定まった給与を得、昇進することができる」という日本に特徴的な

「社員の平等」である。

 

③高度経済成長後~現代

 教育が行き届いた結果、高学歴者が増えすぎた。格差は是正されつつあったが、

大学卒-高卒-中卒で構成されていた組織は、大学卒が高卒の仕事を、高卒が中卒の

仕事を占めるようになった。学歴や年功で給与決めるしくみでったため、これらは人件費の

上昇につながった。また、一定の期間で昇進をさせるため、部下無し管理職も

増加することになった。

 そうであっても「社員の平等」を維持するため、派遣労働者の拡大や、女性職員の

低待遇などでバランスがとられることになった。

 

 尚、日本が導入を試みた成果主義やジョブディスクリプションが存在する欧米の雇用慣行の

特徴は、待遇が職務によって決められていることである。同じ職務であれば、企業間に

差はほぼない。そしてその職務に必要な条件は学位や資格や実務経験年数などによって

明確化されている。また、その学位や資格は、過去にその職能集団の働きかけによって

誕生していることもあり、企業を超えて通用するようになっている。

 米国では人種・性別・宗教・年齢などによる差別に対する民衆の拒否感が強いこと

から、客観的なジョブディスクリプションが発達した。一方、歴史的には日本同様

後発国であったドイツでは、官僚制度から組織がスタートした点は同じであるが、

王族の官僚に対する強い不信から、汚職防止の観点で職務の明確化が整備された。

 職務に応じて待遇が決まるため、社員の年齢が上がったり、高学歴社員が増えたり

しても、給与を上げる必要が無く、人件費上昇を抑えることができる。一方で、

労働者側は職務能力が企業を超えて評価されるため、転職が容易であり、企業を

渡り歩きながら、その職務の腕を磨いていくことができる。

 

【考え事】

・人格ややる気で評価する情実差配は問題視されるが、最近は意外と良い評価方法では

ないだろうか? 自分を含め最近の若年齢層は、会社後の付き合いを嫌うし、

そういったことの共用はパワハラとして制限されている。となると、ゴマスリ野郎ではなく、

純粋に仕事がんばってくれる子達を高く評価していくことになる。

 

・日本の経営者や官僚の低学歴(ここでは学卒の意味)の指摘もされている。

が、これは一概にどうだろう。欧米では、職業集団が教育界や経済界などに

働きかけを行った結果、いくつかの学位が生まれたとか。となると、職業に

直結した実務的なものなのだと思う。日本の大学はそうなっていないのでは?

 実際、大学院卒の子の面倒も見るが、その職に対して特別に何か優れている

といった印象は受けない。非常に勿体ない。そもそも日本の大学院の学位は

使えないのか、それとも使い方が悪いのか?せっかく高い知力を持っているのだから

何とか開花させたいもの。ここは今後も要検討。

 

・社員の平等が進んだ一方、良い就職先(大企業)の求人は増えず一定。その結果、

受験競争が激化し、大学を卒業しても大した職に就けず。そうした不満が学生運動に

つながったという指摘が本書にある。「教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化

(竹内洋)」にも似たような指摘があった。

 

・わが社でもご多分に漏れず、ジョブディスクリプションの導入が進んでいる。まずは

上級管理職からだが、上司の話を聞くと、自分のジョブディスクリプションを

上位上長に提出することになってるらしい。自己申告のジョブディスクリプションって

何?既に別モノになってないか?いずれ、全社員の業務がそれで明確化される

らしいが・・・・。

  しかし、前向きに考えて、自分の業務を自分で区切って認めさせれば、

今のように何でもやることにはならないのではないか?頑張ると評価されるが、

その結果、仕事の量は青天井。天井があって、どこまで高くいけるか?で評価されれば

ゴールが決まってやりやすくなりそうだ。これは寧ろチャンスでは?

 とはいえ、総じてこのしくみが上手くいくのか?米国では「実力も運のうち 能力主義は

正義か(マイケル・サンデル)」にも描写されているように、極度の格差を生んでいる。

能力で評価すれば、あとは当人の頑張り次第、誰でもチャンスがあり平等・・・には

ならないようだ。
 

堅い本ばかり読んでいるので、次は緩い感じの奴を選ぼう。