現実とイメージを分けるのって難しいなと思います。

 

イメージは思い込みでもあり、それが現実のように錯覚するので。

 

 

 

先日、友人の一人が、

 

「自分は、やるべきことをすぐにできない人間だ。

 

どうしても先延ばししてしまう。

 

だからすぐにできる人が羨ましい。

 

だけど、自分はそういう人間ではないからしかたない。」

 

と言いいながら、

 

先延ばししてしまうことを悩んでいました。

 

ここで、彼は、

 

「自分はすぐにできない人間であるという現実に悩んでいる」と思っています。

 

しかし、彼が悩んでいる原因は、その「現実」があるからではありません。

 

 

 

例えば、あるやっておきたい事があるとして、

 

それを先延ばしにしていてできない、と悩んでいるとします。

 

そのとき、「自分はすぐにできない人間」というのが現実であるかのように錯覚しています。

 

しかし、これは厳密に考えると、現実でないことが分かります。

 

現実は、ただ単に「その事をまだやっていない」ということだけです。

 

「自分はすぐにできない人間」というのは自分を正当化するための口実ですが、

 

実際彼を悩ませているのは、

 

「きっとまた先延ばししていまうのだろうな」というイメージです。

 

現実ではありません。

 

「まだやっていない」という現実に悩んでいるわけではなく、

 

「きっとまた先延ばしにしてしまうだろう」というイメージに悩んでいます。

 

 

 

彼はこうも言っていました。

 

「今までだっていつも先延ばしばかりしていたんだから、

 

自分はそういう人間なんだ。」と。

 

これも、過去に先延ばしをした、というのは事実でしょう。

 

しかし、彼はその事実に悩んでいるわけではありません。

 

悩んでいるのは、あくまでも「きっとまた先延ばしをするのだろう」という

 

未来に対するイメージです。

 

このように、あらゆる悩みは、

 

現実や過去の事実に対してではなく、

 

未来のイメージに対して発生しているのではないでしょうか。