午前中は

夫と私の共通の

友人が自宅に来てくれて


二人で号泣しながら

スイーツやランチを食べた


吐き出せる人がいる

思いを共有できる人がいる


こんなにも

救われるのか


彼女から

私がムリして倒れないよう

何度も何度も念を押された



午後からは

夫と面会


夫の体調は昨日から

全く変わっていない


ずっと吐いていた


背中を擦ったり

洗面台を

片付けたりしかできない


この2日で

一気に衰弱した夫


朝告げられた

1週間の余命宣告が


大げさなものではないと

思い知らされる



その後

書類書きなどがあると

看護師さんから

私だけ面談室に呼ばれ


何となく予想していたが

そこに主治医がいた


昨日撮った

内視鏡の映像を見る


1ヶ月前撮ったときとは

まるで別人のよう


素人目に見ても

もう打つ手がないのは

なんとなく分かった


「一昨年の夏

最初にご主人の画像を診た時、これはかなり厳しいと思っていた。あの状態から

1年8ヶ月、普通の生活で

頑張れたことも、そもそもがすごいこと」

「本当に我慢強い人」

「娘さんが

高校生になるまでは頑張りたいとご主人がいつも言っていて、僕もそうなって欲しくて…」

そう言って

主治医が顔を抑えて

泣いている


それを見て

私も思わず嗚咽してしまった


一昨年の夏から

告知された時も

その後も

人前で泣かなかった


いや変なプライドが

邪魔をして泣けなかった私が


今日は沢山泣いた



主治医が

同院内の緩和ケア病棟が

空き次第

移れる手筈を整えてくれて


そこでなら

親族や友人との面会や

泊まりもしやすいと


そして緩和ケア病棟に

夫が異動しても


最期まで

今の主治医が見てくれるとのこと


こんなにも

一生懸命な主治医に

出会えたことは


膵臓癌という


運に見放されたような

病名を

50歳で告げられた夫には


そして私には

僥倖だったのだろう



夫は

あの日


そう今週の月曜日に

出勤する私を見送り


自分で入院用の荷造り


そして己で運転して

入院した


あまり体調は良くなさそうだから 

「仕事を休んで一緒に病院に行くよ?」と

私が聞いたが

「大丈夫😊」と

笑っていた夫


しんどさを隠せるまで隠して


最後まで

私を優先して

気を遣ってくれたのだろう


自分のことは

何でも自分で出来る夫


いつも自分より

私や娘を最優先にして


この末期の段階でもそれを

彼は貫いた


あの日おそらくは

自分の体調からこの入院を

夫は確信していたと思う


彼があの日

家族の中で最後に

我が家を出た時


一体何を思ったのか


どんな気持ちで街を車で

走ったのか


想像すると

切なくてたまらない



でも夫はまだそこに

今も生きていて


私にはまだ

彼のために出来ることがある



その事実だけで

何とか踏ん張っている


とりあえずちゃんと食べて

ちゃんと寝よう


夫と娘を守るために