健康保険法(大正十一年法律第七十号)に基づく日本の健康保険制度は、またの名を被用者保険といい、その対象は「被用者(雇われて働いている人)とその家族」が原則だ。

 

だが、原則があれば例外がある。

それが今回議題に挙げる「任意継続被保険者」(法第三条第四項)だ。

健康保険の被保険者であった期間(=雇われて働いていた期間)が2か月以上あれば、誰でも、任意継続被保険者として退職後2年間に限り健康保険に加入し続けることができる。

 

任意継続被保険者となった者の給付と負担の関係を簡単にまとめてみる。

まず給付の内容。医療機関等を受診したときに保険証を見せれば3割負担となる療養の給付、医療費が高額となったときに一定額の負担で済む高額療養費等、他の医療保険制度で保障されている給付はすべて受給可能だ。ただし、健康保険独自の制度である、労働者の生活保障としての現金給付(傷病手当金、出産手当金)は対象外となる。これは任意継続被保険者が退職者であることを踏まえた区別だ。

次に負担。健康保険の被保険者である期間には、保険料は労使折半となるため、保険料率が10%の場合、給与の5%を健康保険料として天引きされ、同額を会社が負担することとなる。一方任意継続被保険者の場合には退職後であり折半する会社がないため、自ら10%分の健康保険料を負担する必要がある。つまり、働いていた頃と比べ保険料は原則2倍となる。

 

では、なぜこのような制度が必要とされたのか。

制度発足は、国民皆保険達成(1964年)より前であり、在職時には健康保険に加入できていた被用者も、退職後には原則無保険となり給付を受けることができなかった。そこで、被用者時代には受けられていた健康保険の給付を、一定期間制度加入していた者にも「元・仲間」として保障することにより、健康保険の対象者を広げ、被用者となることのメリットを増やす政策的な目的があった。

 

しかし、国民皆保険の達成以降は、退職後には国民健康保険への加入し少なくとも療養の給付等については在職時と同等の給付を受ける道が開かれたため、任意継続被保険者になることの「恩恵」は、もっぱら「国民健康保険よりも安い保険料で健康保険に加入できるかもしれない権利」となった。退職者への給付の保障から、退職者の負担の軽減が制度の大きな役割となったのである。

 

ここに、2つの不均衡がある。

1点目は、国民健康保険加入者との格差である。

自営業者等からなる国民健康保険加入者には、保険料を比較して国民健康保険に加入するか任意継続被保険者として健康保険に加入するかの選択権は当然ない。健康保険の加入者だったという理由で、健康保険加入者のみにこの選択権を与えることは果たして公正であろうか。

2点目はより深刻である。任意継続被保険者の保険料の上限についてである。

前述のとおり、任意継続被保険者の保険料は在職時と比べて原則2倍となる。

しかしこの原則にも例外があり、退職時の給与により算出される標準報酬月額が、同じ保険に加入する被用者の標準報酬月額の平均より高い場合には、後者の標準報酬月額の平均を以て保険料を計算することとなる(健康保険法第四十七条)。

 

具体的に説明しよう。

健康保険の最大の運営元である、全国健康保険協会に加入しているAさんとBさんの例を見てみよう。

現在の全国健康保険協会における保険料率は10%、加入者全体の標準報酬月額は30万円だ。

在職時の報酬は、Aさんが月額30万円、Bさんが月額130万円という条件の場合、まず在職時には健康保険料はそれぞれ報酬の5%、すなわちAさんは1.5万円、Bさんは6.5万円を月々負担する。

そして、退職後に任意継続被保険者として健康保険に加入し続ける場合には、原則通りの計算を適用すれば、

保険料はそれぞれ2倍して、Aさん3万円、Bさん13万円となるはずだ。これはどちらも報酬の10%を負担しているという点で公平だ。

だが実際には、Bさんの標準報酬月額は加入者全体の平均である30万円よりも高いため、この第四十七条の規定により、この平均である30万円を使って計算され、Aさんと同額の3万円を負担することとなる。これは、在職時の6.5万円よりもかなり安い保険料だ。

 

在職時に報酬の高かったBさんが、なぜ退職後は他の加入者の平均並みの負担で許されるのだろうか。

考えられる理由は、「退職すればみな給料がないのは同じなのだから、昔高給取りだったことなんか忘れて、みんな仲良く保険料を負担しましょうよ」だ。在職中の報酬を元にあまりに高い保険料を課すと、それはそれで不公平、という感覚があったのではないだろうか。

 

確かに、その人にかかる医療費は、その人の報酬の高低とは論理的には相関しないから、退職後の無給という状態に着目し、負担を一律にするのは一理あると頷ける。

だがそれも、AさんとBさんが同年代であればの話だ。

 

年功序列賃金制が崩れ始めているとはいえ、今日の日本社会でも、高所得者ほど高齢な傾向は残っている。

60歳のAさんと60歳のBさんが退職して仲良く3万円ずつ負担するとしても、Bさんが免れた保険料の負担は、現役で働いている30歳のCさんや40歳のDさんが負うことになるのだ。ここにも、現役世代が退職世代の医療費を支える隠れた制度が存在する。

 

仮にこの任意継続被保険者制度がなければ、AさんもBさんも国民健康保険に加入し、それぞれの収入に応じた保険料が付加されることになるのに、この制度のおかげで、大きな恩恵を被っているのは高所得で退職できたBさんということになる。

 

果たして、この任意継続被保険者制度を維持していくことは公平と公正にかなうことだろうか。