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私が消えたのだ

風邪をひいてしまったようだ。
のどがかなり痛い。
保険証がない私には病気はつらい。


ここ数日精神的にも不安定だからだろうか・・・






続きを書く




そう、私たちが散策に出たのは
2018年5月8日火曜日。



だが目の前にある新聞には何度見ても
2005年10月19日水曜日と書かれている。


私は無意識のうちに再び狐坂に向かって
走り出していた。(んだと思う)











ふっと我に返ったときには狐坂の
あのゴミの捨ててある場所にいた。






息を整えてゆっくり呼吸してから周りを見る。






それでも決定的に何が違うかは分からなかったが、
確かに何かおかしいことに気付く。
葉っぱの色?におい?空気の湿度?




確かに通る車は古い気がする。というか古い。
平日の昼間で人通りも少なく、

あまり車も多くなかったから気がつかなかった・・・


それにここに来るのが15年ぶりくらいだったことも

気付くのを遅くした原因かもしれない。






一旦おかしいと思い始めると全てがおかしく見えてくる。











何かおかしいが絶対おかしいに変わってくると、
だんだんとここにいるのが怖くなってきた。




既に足の感覚があまりなかったので、
走ることが出来ず、なるべく早足で
後ろを振り返り振り返り坂を下りていく。










球技場近くの教習所付近からこちらに向かって
人が歩いてきたので思い切って聞いてみた。



いたって冷静に怪しくないように、
「すいません。今年って平成・・・17年ですよね?」
って。でも明らかに不審だった・・・


手ぶらの40男が女子大生っぽい子にこんなこと
聞いて、不審じゃないと思うほうがおかしいか・・・



でもその子はちょっと警戒しながらも教えてくれた。
「え?・・・17年でしたっけ?
ああ、17年です。西暦はよく使うから覚えてるけど、
平成って時々分からなくなりますよね」
って確かこんな会話をしたと思う。









確信した。その子の持ってる携帯電話は十数年前、
私が使っていたのと同じだった。









妻が消えたわけじゃなかったのだ。
私が消えたのだ。2018年5月8日から。






一気に力が抜けた。
バス停のベンチにどのくらい座っていたかわからない。
起こったことは多分理解した。でもそれを受け入れられるか
どうかというのは別問題だ。



だって未だに自分に起こったことを
100%受け入れられないでいるのに
その時に受け入れられるはずがない。








体の感覚が戻ってきた時には
すっかり暗くなっていた。






****************


捨ててあったヤンジャンの表紙は確か
石川りかか誰かだったと思う。

なつかしいまんががいっぱいあった。


少しはなれた所に捨ててあった新聞。
その日付が平成17年2005年10月18日火曜日と
書いてあったのだ。


雑誌を見たときは
古いのが捨ててあるなぁと思っただけだったが、
新聞は明らかに捨てられてから
それほど経っていないものだった。


何度も見直し、頭にふっと一つの可能性が思い浮かんだ。


今思うと、この時は自分に起こったことを
頭が理解したというより、体が理解したという感じだった。
体が熱くなって、呼吸が苦しくなってきて・・・

tada haru no yo no ...

今日は少し酒が入っている。
書き始めてから明らかに薬を飲む回数が増えた・・・


続きを書く
かなり気が動転していたのでうまく書けるか分からない。








頭が冷静になると何か妙な感覚が私を襲ってきた。
でも何がそういう印象を与えているのか全く分からない。




なんだろう?
・・・別になんでもないか




あれ?
・・・別になんでもないか




狐坂の途中でこんなことを考えるなんて
本当にだまされている感じだった。








まわりをきょろきょろしていると、
道端のゴミに気がついた。
コンビニの袋に紙パックのジュースとか
ヤンジャンとかが入っているのが見えた。






また違和感






歩く





ふっと足元に目が止まる


まわりを見回す


足元をみる


さっきのゴミのところまで戻る


まわりを見回す
まわりを見回す
まわりを見回す




心臓がドクドクいっている。
心拍数が上がってきているのを感じる。
顔が熱い。



走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る

走る
走る
走る
走る
走る
走る
走る



球技場を通り過ぎ、大通りに出てコンビニを探す。





見つける。


コンビニに入る。


丸まっている新聞のラックの所へ。
数紙取り出す。
紙面の上を見る。





平成17年 2005年 10月19日 水曜日


平成17年 2005年 10月19日 水曜日


平成17年 2005年 10月19日 水曜日
























手が硬直している・・・動かない。































違う・・・
私たちが散策に出たのは2018年5月8日火曜日

妻が消えた

一回書くのがこんなにしんどいとは思わなかった。
その時のことは今でも鮮明に覚えているのに、
いざ書こうとすると手が震えて動悸がしてくる。
体が書きたくないと言ってるみたい・・・



続きを書く






急いでトンネルの前まで戻ったが
妻の姿はどこにもなかった。



この時点でかなり気が動転していた。
自分にこんなことが起こるなんて
だれでも普通は思わないと思う。






トンネルの向こう側、公園に下りていく道など
考えられるところを探したけど
どこを探してもいなかった。


もしかして球技場に?と思ってもう一度
行ってみたがやはりいなかった・・・







なんで?どこいったの?どうしよう


なんで?どこいったの?どうしよう


なんで?どこいったの?どうしよう




こればっかりがぐるぐると頭を駆け回った。





携帯!!!!!と思ったが、
こういう時に限って私の携帯やキーは
妻のショルダーバッグの中に入っていた。


今日は歩いていろんなところに行くつもりだったので
荷物はなるべく少なくしようと妻の小さなバッグ一つで
出てきたのだった。








なんで?どこいったの?どうしよう


なんで?どこいったの?どうしよう


なんで?どこいったの?どうしよう





頭に浮かんだのが、というか
頭に浮かんでしまったのが誘拐・拉致。








もう一度トンネルの前まで戻って
また球技場まで引き返す。




あり得ないし!
そんなことが自分に起こるわけがない。

必死に自分に言い聞かせていた。






ここまででどれだけの時間が経ったのかわからない。
1時間くらいだろうか・・・


さすがに走りつかれて
トンネルから球技場までの道を歩いていると、
心臓はまだバクバク・ドキドキしているのに
なぜか頭は異様に冷静になってきている自分に気付く。




日が沈むまでまだ時間があったし、
しばらく球技場で待つことにしようと思った。


もしも・・・もしも
それで妻が戻って来なかったら
警察にいくことにしよう、と。










ヘアピンカーブの坂を球技場に向かって下っている最中、
この坂の名前を思い出す。










狐坂











子供の頃、親にこの名前を聞いてすごく怖かった記憶がある。



昔、よくここに狐が出て通る人をばかしていたから
こういう名前がついたらしい。




あほらしいと思いながらも太ももをつねった。
痛い。
当たり前だ。
こういう時、人ってほんとに
こういう行動するんだなと思った。


















でも妻はいなくなったわけじゃなかった。
いや、いなくなったことはいなくなったんだけど・・・



ここから先、今うまく書けそうにないから
明日か明後日か、
また体調がいい時に整理して書かせてください。


おやすみなさい。


5月8日

前回書いた後、ひどく落ちてしまった。
久々に薬を飲んだ。
ようやく少し気分が戻ったので続きを書こうと思う。




私はその年、仕事の都合で
例年より1週間遅いゴールデンウィークを取った。

毎年この時期、私は妻と一緒に京都に帰る。
東京出身の妻は大の京都好きなため、年に数回、
私の実家のある京都に羽を伸ばしに行くのだ。





5月8日
この日は朝からとても気持ちのいい天気だった。
歩いて町を散策しているとほのかに汗ばむ陽気だった。




AM10:00頃(だったと思う)
南禅寺から散策をスタートした。


~永観堂
~法然院


~詩仙堂


バス



PM1:30頃
子供の楽園~宝ヶ池公園に到着
ここは15年ぶりくらいだった。
ボートに乗る。


ここで恋人とボートに乗ると別れてしまうという言い伝えがある。
他の地域でも恋人とボートに乗ると別れるという話はよく聞く。
井の頭公園もそうだったような。
ボートにはつきものの話なんだろうか。


30分くらいボートの上でのんびりして、
さすがにお腹が減ってきたので、
北山あたりで昼ごはんを食べようということになった。







ここからうまく書けるか分からない・・・












池をぐるっと回るのが面倒くさかったので、
ちょっと嫌だったけど宝ヶ池トンネル?(本当の名称は知らない)を
抜けて行くことにした。


ちょっと嫌だったって言うのは、前回ここに来た時(15年程前)、
宝ヶ池トンネルでちょっと怖い体験をしたから・・・
当時交際中だった現在の妻とトンネルを歩いていると、
変な声が聞こえたから。2人とも初めての体験だった。





だからトンネルの前まで来た時、早く抜けたいから、
トンネルを出てヘアピンカーブを下りきった先にある
球技場まで2人で走っていくことにした。
1キロ弱くらいあるのかな・・・



今回は何事もなくトンネルを抜けた。
隣を走っていた妻も大丈夫だったと言っていた。






まただ・・・少し動悸がしてきた・・・












トンネルを抜けたところで、少しほっとした私は、
年甲斐もなく球技場まで競争しようと妻に言い、
一人スピードアップした。





当然、球技場には私が先に着いた。







でも妻がなかなか来ない。

最初は疲れて歩いているんだろうと思ったけど、
10分経っても来ないので心配になり、
来た道を戻ってみた。









でも妻はいない・・・








上り坂を全速でトンネルの前まで戻った








妻がいない








妻がいない

妻がいなくなった

妻がきえ


げんかいおちます

あの日から

1年4ヶ月と16日経った。
依然、状況に変化なし。


ただこの頃少しだけ心が落ち着いた。
といっても落ちる時は落ちるけど・・・



何度も書こうと思ったけど、
いざ書こうとすると
その時のことが頭に浮かんで
手が震えてキーボードが打てない。

今も手が震えてる・・・書けるだけ書いてみる。




コワイ…




コワイ…




書いたらどうなるんだろう??
何か道が開けるの?・・・




もう一人は嫌だ・・・・・・



私のこと


性別/男
生年月日/1978年5月4日生まれ
年齢/40才
家族構成/妻(子供なし)


だった。




動悸がしてきた。






だめだ、やっぱり一度には書けない・・・
書ける気分の日に少しずつ書いていくことにする。



今日はこれで落ちます。おやすみなさい。