昨夜,11時過ぎに全国展開している医療グループの会社職員から訃報が届いた。
南の島のK病院長が亡くなったと。
耳を(メールの文章を)疑った。
K院長は確か本島の病院長で有ったのでは?
何故亡くなったんだ?
K院長とは10数年前にグループ内の会議で話した時
偶然互いに知り合いの医師が居て話出し,都内の国立医学部出身だったし。
K院長が学生時代に某連合で学生運動起こしていた話や
その活動の起源となった東南アジアの某国に
アメリカ軍が撤去して2年後にに私が入国した話など
何時もやさしい顔で接して下さいましたね。
又,私たちの仕事も理解して,応援や援助して貰いました。
東北生まれの私には,南の島の皆さんの考えが理解できなかった事例も有りましたが
K院長の仲介で事無きを得た事も有りました。
国政選挙に立候補された時も
突然電話頂き「私の選挙区の手伝いに来てくれ。」
と誘って頂きましたが,勤務先の都合で私は福岡に行かなければ成らず
手助け出来なかった事を悔やんでいます。
その後の参議院選挙にも立候補されましたが。
その時は,私は動かないと決めていたのですが
K院長から往復の飛行機のチケットが届き
隠れて,2日訪問しましたね。
その後,私は上層部からの指示で
岡山県に突如降りる落下傘部隊の責任者と成って仕舞
選挙管理事務所の届出受付時間終了17時なんだが
私が岡山に到着したのは,21時で
結局認可して貰ったのは22時でした。
その事を褒めてくれたのはK院長でした。
その後,国民新党と手を結び立候補した事を
風の噂に聞いたが。
聞けば,職員の歓迎会に出かけ
その後病院に戻り仕事して
自転車で帰宅途中に側溝に落ちて
死亡した疑いだそうだ。
決して,色眼鏡で人を見ない素晴らしい医師でした。
安らかに,お休み下さい。
天国のお兄さんとお話していますか?
今年は,大切な人が沢山黄泉の国に旅立ったと痛恨する。
(私は仏教徒では無いが。黄泉という仏教語は好きである)