中国55の少数民族を訪ねて 市川 捷護 市橋 雄二 | So-Hot-Books (So-Hotな読書記録)

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書評と読書感想文の中間の読書日記。最近は中国で仕事をしているので、中国関連本とビジネス関連本が主体。

<My Opinion>


本書は、日本ビクターと中国民族音像出版社との日中合作による、少数民族の芸能を映像する記録プロジェクトを書籍化したもの。中国には55の少数民族が存在するが、その全て民族の芸能を記録したことは偉業だろう。


しかし残念なことに、本書だけでは肝心の芸能をリアルに感じることができない。芸能を言語化することの限界を感じる。又、芸能の描写力ももう少し丁寧にできたのではないかと思う。 例えば、少数民族の一つヌー族の病気治療儀式の描写はこうだ。


「まず意味不明の唱えごとを発しながら、米を四方にばらまく。地面に差した木の棒に吊るした鶏の首に切り込みを入れると、血が一気に流れ落ち、受け皿にたまる。脇には病人がうずくまるように座っている。草で編んだ輪を手にして、病人の頭からふり下ろしてくぐらせる。その間、何度も裂帛の気合をいれた掛け声を発する。その後、草の束で病人の体を強くたたく動作を繰り返した。悪霊を追い出しているのだろう。」(P63)


かなりインパクトがあることは間違いなさそうだが、文章を読んだだけでは結局のところ情景が浮かんでこない。


ヌー族は中国西南諸民族のなかで最も深くキリスト教を受け入れた民族集団である。著者が取材したある村では、当時(1990年)人口の80パーセントがキリスト教を信仰していたとのこと。しかしキリスト教がマジョリティの中にも「シャーマン」(神や精霊からその能力を得て、神や精霊と直接交流することによって予言、祭儀、病気治療などのために呪術を行う宗教的職能者)が存在している大変興味深い民族だ。その辺りの背景については本書に的確に書かれているのだが、やはりその人の表情や息遣い、場の雰囲気等、大事な部分は全くもって想像することができず歯がゆい。


もう一つ、ヌー族の教会の讃美歌の描写を例に挙げる。


「牧師の指揮で賛美歌が始まった瞬間、その発する声量の豊かさと発声法にたちまち魅了されてしまった。堂々たる格調を帯びた合唱は、西洋式の発声ではなく、地声を響かせる発声で、ブルガリアやグルジアの合唱の発声に近い。とくに女性部がすばらしく、野性味を帯びた声が新鮮だ。」(P65)


読者を「この歌を聞いてみたい」という気持にはある程度させてくれるが、どうにもこうにも音をイメージすることができない。 少数民族の芸能を五感で感じる為にはこのプロジェクトの映像記録である「天地楽舞――音と映像による中国五十五少数民族民間伝統芸能大系」(全40巻)に触れしかないだろう。本書はその解説書にはなり得る。


この本の狙いがややぼやけている気がするが、もし書籍からもリアルな芸能を伝えようとするのであれば、挿絵(カラー)はもっとずっと多くて良いと思うし、芸能を描写する言葉をもう少し練るべきだろう。


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