何のために生きるのか

それを答えられる人など本当にいるのだろうか


お前がいるだけで
幾つもの生物が死に
二酸化炭素を排出し続け
地球を汚し
人を不幸に追いやる


お前が生きる理由は何だ
お前に生きる価値があるのか

そんなもの求めるだけ傲慢だ

そんなちっぽけな存在は
もっとちっぽけな自らの幸福のために

多大な人の不幸を誘う


生きることほど辛いことはない

それでも私は生きる

死が怖いから生きる

只の人形のように

人に動かされながら

時に流されながら

ああなんて滑稽なのだろう

下らなすぎる

馬鹿げている

ああこの存在が消えるのはいつだろう

消し去ってくれるのはいつだろう

死ぬために生きる

非生産的すぎる

ああ虚しい

何もない

ああ

ああ
ああ、
結局僕は何なのだろう

ただ息を吸って吐いて、
ただ物を食べて排出して、
ただ寝て起きて

ただ単純に生きているだけの自分に
存在意義はあるのだろうか
存在価値はあるのだろうか

そんなもの求めるだけ馬鹿馬鹿しいのかもしれない。

物事全てに意味があるなんて人間のエゴだし。

しかし、
そのエゴがあるからこそ人間は生きていける。

人間は欲望の塊で、
欲望は生きるエネルギーでもある。

人間は自分を生かすために、
他人をも潰すことが出来る。

その犠牲を考えずに生きることができる。
生きるためには仕方ないことだから。

自分の行動が招いた枷に気付ける人はいるのだろうか。


僕は人と違った角度でしか物事をみることができないらしく、
僕の角度でみた世界はとても奇妙なものである。

自分を活かすために化粧をする女
凛々しく見えるために筋肉をつける男
結婚するために相手探しに奔走するOL
背広をしてみんな同じ恰好のサラリーマン

全ては自分を生きやすくさせるための自己防衛本能

しかし実際はどうだ

化粧をすることで肌を殺してしまっていたり、
無駄な筋肉をつけてしまっていたり、
一人で生きる力を失っていたり、
変に自分に枷をかけていたり

これは本当に生きるためなのだろうか
まあそんなことないと言ってしまえば簡単なのかもしれない

生きることが何なのか分からなくなって
ただただ奔走している人間

何故生きるのか
こんな根本的なことも分からなくなってしまっている

ああ一番馬鹿馬鹿しいのは僕の存在なのかもしれない

ただの愚痴。 別に誰かに見てほしい訳ではない。 ただなにか行動しないと自分が壊れてしまいそうで。



自分は偽りの存在なのだと最近よく思う。


きっかけは髪を切ったこと。


自分は、ここ1年くらい自分の性別で悩んでいた。 自分は女なのだろうか。はたまた男なのだろうか。

でも越えてはいけないボーダーを自分にかせて、

性別なんて関係ない。自分は自分じゃんなんて思って、考えることを強制的にストップしていた。

ある日、自分はXジェンダーをいう言葉を知り、自分の中にすっとなじむ思いをした。ああ自分はこれだと。

男とか女とかそういう枠でなく、中性あるいは無性、両性かもしれない。そこははっきりとはわからないけれど自分はこれだと本気で思った。

そのときもっと自分の生きたいように生きよう。男とか女とか関係なく自分らしく。そう決意した。


そして時は経ち、最近自分は髪を切った。

たださっぱりしたかったからだけど、その髪型は結構短くて(女もののヘアスタイルだったけどね)、ぱっとみ男のように見えた。実際にその日カラオケで男だと間違えられてしね。

自分は、男に見えることの喜びになんとなく浮かれていたのを覚えている。

少し短く切りすぎたかなって思いもあったけど、ぱっとみ男か女かわからない今の自分がとても自分らしくて気にっていた。

だから少し僕は現実が見えていなかったんだ。

翌日学校に男っぽい格好をして行ったんだ。

白シャツにチェックのネクタイをし、紫色のパーカーをはおり、ジーンズにスニーカー。

僕はもともと男っぽい格好が好きだったから、以前からこんな格好はしていたし、髪も短くなってよりこの格好が合う状態になったから、友達がどんな反応をするか楽しみにしながら学校に行った。


でも、まさか先生から忠告されるなんて。

男の恰好はおかしい。やめたほうがいい。男になりたいのか。今のままだと外部の人に会わせることはできない。もっと女っぽく、せめて普通の女になれ。

甘かった。世間一般ではジェンダーフリーがまだ確実にはなされていない。僕みたいな人が認められない可能性もある。

人は異質な存在を隔離したくなる生き物である。人は同じものを求める生き物である。

別に僕を異質な目で見られるのはどうでもよかった。

幸いその先生は、理不尽なことも多いが、わりといろいろ仲も良いし(?)、関係は変わっていない。


でも、そのときのことで一番胸にきたことは、

「女」という言葉を発するときに汚いものを言うかのような雰囲気がある。

ここ数カ月くらいでだんだん女じゃなくなってきた。前のほうがよかった。

この2つの言葉。

「女」 確かに自分は正直女があまり好きではない。しかし、女友達もいるし、親友は全て女だ。

でも、やはり好きではない。苦手という言葉が近いのか。いや、嫌悪の意味もあるかもしれない。

僕は昔近所の子供と遊んだ記憶がない。幼稚園では女の子とも男の子とも遊んでいたが、家に帰るとたいてい一人で遊んでいるか、兄貴と遊んでいた。

後々母が教えてくれたが、どうも近所にいる同学年の女の子の家庭に「あの子とは遊んじゃいけない」と言われていたらしい。未だに理由はわからないが。

そんなで、僕は友達と学校以外で遊ぶようになったのは、小4。それまでは友達とか深く考えたこともなく、一人で何かをしているのが当たり前。協調性のない子供だったと思う。

それが理由からか、なぜか女から嫌われていた。いや現在進行形だな。

女は協調性を大事にしたがる生き物だから当然かもしれない。

自分でいうのもなんだが、校内では頭は良いほうだったし、先生にも好かれやすかった。

しかも女といにくいから、友達は男になっていく。

そんな理由が積み重なって、女に嫌われた。今はそう思っている。まあそれだけが理由じゃないと思うが。

今はだいぶ女は嫌いじゃなくなった。それは、今いる友達、親友のおかげだと思う。

今じゃ、女の子には優しくしないと、が口癖になっているくらいだしね。

それでも、やはり苦手だし、多少なりとも嫌いな気持ちはある。

だからこそ自分の中の女が嫌で仕方なくなるときがある。

男だったらよかった。何度考えたことか。

女も男も自分とは違う生き物。そんな思いしか抱けない。

とりあえず、あの言葉は、心の奥を見透かされたような言葉だったんだ。


結局、自分はXジェンダーだし、自分らしく生きようと思ったのに。

世間との関係をつなぐために、女らしい格好をしてこの一週間過ごした。

最悪だ。

人のいいなりになってこんなことをしている。今後の生活のために偽っている。

全ては自分のためだ。

でも辛い。 こんなにも女だということを嫌に思ったことはない。

自分が自分でいることの何がいけないのか。

自分の相反する思いに板挟みになってもがいている。苦しい。


昔、偽って生きているように見えると言われたことがある。

そんなことはないと思った。でも、今本当の自分が見えなくなる。

いや、最初から見えていなかったのかもしれない。

恐怖。嫌悪。戸惑い。哀しみ。

いろいろな思いで心が裂けそうになる。

僕自身でいるにはどうしたらいいのかな。


僕自身になりたいよ。

女とか男とかいいじゃん。僕をみてよ。なんで性別で差をつけられるのさ。

助けて。

そう願ったって結局は自分で解決しなきゃいけないことも分かっている。

でももうわからないよ。