ーー無邪気に笑っていたかと思えば、ふっと憂いを帯びた表情もする。
その心の中では、一体どんなことを考えているんだろう。
知らなかった一面を見るたびに、もっと、あの人を知りたいと思っている自分がいた。
Episode 11
『想いの対角線』
学校の校門前で足を止めて、中に入っていく大勢の生徒たちを見回す。
「さすがにまだいない、か」
あの二人が登校してくるのはいつも時間ギリギリだもんね。
再び歩き出して校門を通り校舎に向かいながら、昨晩の夢を思い浮かべる。
夢に昨日の帰り道の情景が出てきて、朝起きたときからずっと理佐さんのことが頭に引っかかっていた。
理佐さん、どう考えてもやっぱり様子がおかしかった。
気になるけど、でも聞いていいのか迷うし……
あれこれと考えながら教室に着いてドアを開ける。
すると一昨日の騒ぎでおとなしくなっていたはずの皆の大声がまた聞こえてきた。
でもいつもと少し違うのは、集まっている場所が私の席の斜め後ろーー美穂の席の周りだということ。
「昨日、理佐さんと何話してたの!?」
「キスしてたよね!?」
「もしかして理佐さんに気に入られたの!?」
キス……?
聞こえてきた声に思わず振り向くと、生徒と生徒の間から見えたのは、クラスメイトたちの矢継ぎ早な質問に一つ一つ笑顔で頷いている美穂の姿。
理佐さんの話で美穂が囲まれていることに違和感を覚えた次の瞬間、目が合う。
その口元がニヤリと笑った。
「理佐さんに摘み食い、されちゃった」
「いいなー!!」
一斉にあがった歓声に跳ね上がる心拍数。
まさか理佐さんは昨日、美穂と……?
「由依」
皆の輪の中からふいに名前を呼ばれて肩が跳ねる。
席を立ってまっすぐな目線を向けて近付いてくる美穂とは対照的に、私は美穂の足元に目を落とした。
「そういえば私の好きな人が誰か、まだ由依に話してなかったよね」
片手に持っていたスマホを操作し始めた美穂に少しだけ顔を上げて、その手元を見る。
心臓の音を美穂に聞かれていないか不安になって、膝の上で自分の手をぎゅっと握った。
指先が冷え切っていることに気付いたとき、向けられた画面。
「この人だよ」
写真の中で幼い美穂の隣に寄り添うように座る、見覚えのある顔。
幼くても確かにある面影。
声が震えた。
「理佐……さん?」
美穂がクスリと笑う。
「驚いた?私があの渡邉理佐と古くからの仲だってこと」
クラスメイトたちの羨望の眼差しを一身に受けた美穂が、私の耳元で言った。
「ずっと好きなの。本気で私のものにしたいと思ってる。だから、応援してね?由依」
「う、うん」
美穂に顔を覗き込まれてとっさに私は頷いた。
……頷くしか、なかった。
昼休み。
美穂に購買に行ってくる、と伝えて教室を出た。
階段を一段一段下りるたびに足の裏に伝わってくる固さがいつもより気になって、両足が重く感じる。
美穂が理佐さんと幼い頃からの知り合いだったなんて想像もしていなかったから、まだ驚きが残ってる。
でもいつもと少し違うのは、集まっている場所が私の席の斜め後ろーー美穂の席の周りだということ。
「昨日、理佐さんと何話してたの!?」
「キスしてたよね!?」
「もしかして理佐さんに気に入られたの!?」
キス……?
聞こえてきた声に思わず振り向くと、生徒と生徒の間から見えたのは、クラスメイトたちの矢継ぎ早な質問に一つ一つ笑顔で頷いている美穂の姿。
理佐さんの話で美穂が囲まれていることに違和感を覚えた次の瞬間、目が合う。
その口元がニヤリと笑った。
「理佐さんに摘み食い、されちゃった」
「いいなー!!」
一斉にあがった歓声に跳ね上がる心拍数。
まさか理佐さんは昨日、美穂と……?
「由依」
皆の輪の中からふいに名前を呼ばれて肩が跳ねる。
席を立ってまっすぐな目線を向けて近付いてくる美穂とは対照的に、私は美穂の足元に目を落とした。
「そういえば私の好きな人が誰か、まだ由依に話してなかったよね」
片手に持っていたスマホを操作し始めた美穂に少しだけ顔を上げて、その手元を見る。
心臓の音を美穂に聞かれていないか不安になって、膝の上で自分の手をぎゅっと握った。
指先が冷え切っていることに気付いたとき、向けられた画面。
「この人だよ」
写真の中で幼い美穂の隣に寄り添うように座る、見覚えのある顔。
幼くても確かにある面影。
声が震えた。
「理佐……さん?」
美穂がクスリと笑う。
「驚いた?私があの渡邉理佐と古くからの仲だってこと」
クラスメイトたちの羨望の眼差しを一身に受けた美穂が、私の耳元で言った。
「ずっと好きなの。本気で私のものにしたいと思ってる。だから、応援してね?由依」
「う、うん」
美穂に顔を覗き込まれてとっさに私は頷いた。
……頷くしか、なかった。
昼休み。
美穂に購買に行ってくる、と伝えて教室を出た。
階段を一段一段下りるたびに足の裏に伝わってくる固さがいつもより気になって、両足が重く感じる。
美穂が理佐さんと幼い頃からの知り合いだったなんて想像もしていなかったから、まだ驚きが残ってる。
皆に色々聞かれるのが面倒でずっと隠してたのかな。
でも、今朝は皆と嬉しそうに話してた。
どうしてーー
「……あ」
無意識に三年生の教室の方に向かっていることに気が付いて、足を止める。
何してるんだろ、私。
理佐さんに会って、昨日のことを聞こうとしてる?
そんなことをしてどうするの?
美穂の好きな人が理佐さんだったのは確かに驚きはしたけれど、別に普通に応援すればいいだけ。
そう思っているのに……この胸のモヤモヤは何なんだろう。
「ーー由依ちゃん?」
引き返そうとしたとき、手前の教室から出てきた姿に名前を呼ばれた。
「あ……梨加さん」
「珍しいね、どうかしたの?あ、もしかして理佐ちゃんのこと探してる?それなら今教室にーー」
「あ、いえ、違うんです」
不思議そうに目を丸くした梨加さんに言葉を続けられなくてうつむくと、梨加さんがそばまで歩いてきた。
「浮かない顔してるね。何かあった?」
「え、っと……」
自分でもよく分かっていない感情を言葉で説明するのは難しくて、唇を引き結ぶ。
「いいよ。ゆっくり、話せる範囲で」
梨加さんの優しい眼差しを感じながら、私はおもむろに口を開いた。
「今朝、いつも一緒にいるクラスメイトの子から、片想いしている人のことを聞いたんです。……そうしたらなぜか、胸がモヤモヤしはじめて」
それが理佐さんだと、梨加さんに言おうとしてやめた。
「その友だちが好きな人を追いかけて、少し遠くなっちゃう気がして寂しいの?」
「いえ、友だちに対しての寂しさとは少し違う気がして、でもモヤモヤの理由が分からなくて……」
もしも自分に恋愛経験があったなら、この感情の意味が何か分かったのかな。
梨加さんの大きな目をじっと見つめ返す。
私よりずっと年上できっと色んな経験をしてきた梨加さんは、こんなとき、どうするんだろう。
「梨加さんは……恋愛って、どう思ってますか?」
そう聞いたとき、梨加さんの瞳の奥が一瞬だけ揺れて、それからすうっと細められた。
眼差しが少し遠くーー廊下を歩く生徒たちに向けられる。
「……みーんな、愛にすがり付いてる。そんなものに囚われて、かわいそうだね」
梨加さんのその横顔に、はっと息をのんだ。
普段の穏やかなそれとは違う、全てを見透かすような眼差し。
何かを悟っているような表情。
そんな顔付きの梨加さんを見るのは、初めてだった。
「苦しい思いをするって分かっていても、求め続けるなんてね」
「……っ」
……その言葉に、一瞬だけ胸に痛みが走ったのはどうしてだろう。
分からない。
でも確かに何かが響いた。
モヤモヤしている胸の奥底にまで染み込むように、響き渡った。
モヤモヤしている胸の奥底にまで染み込むように、響き渡った。
今朝の美穂の顔や言葉を思い浮かべていた頭の中が、理佐さんに移り変わる。
色んな表情の理佐さんが現れて、それから梨加さんや美穂と一緒にいるところが浮かんで、すぐに消える。
また、胸がモヤモヤと霧に覆われた。
ーー梨加さんの言葉と胸の痛みの意味が分かったとき、私は初めて、"切なさ"の感情を知ることになったんだ。
To be continued...