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僕が大学で数学を専攻する、

直接のきっかけとなった先生がいます。


いくつかの選択肢が当時はあって

どれを専攻しようかむっちゃ悩んでいたとき

とある事件がおきて

そのとき先生が


"しんや、おまえは数学やれ"


と言ってくださり

理学部数学科を選びました。


その先生は、

だいぶ昔に教員を辞めて

今は別の職業に就いています。


そういう意味では

僕と似たような人生です。


時はだいぶ流れて

その先生、ある日

お子さんを亡くされます。


いわゆる突然死でした。


朝、

幼稚園に送るとき


「いってらっしゃい」


と声をかけたのが最期で

次にお子さんと会ったのは

亡くなってからでした。


お通夜や御葬式など

本当にたくさんの人たちが

先生の家を訪れたそうですが


そこで先生は

とても傷ついたそうです。


本当に、とても。


相手のほうは

先生を心配して、

先生を思って

声をかけたのでしょうが


たとえば


「悲しいね」


と言ってきた人がいて、


「悲しいのか?

そしてこの子の短い人生は

悲しいものだったのか?」


と思ってしまったそうですし


「つらいね」


と言ってきた人がいて、


「つらいって

どっちのことなんだ?」


と、思ってしまったそうです。


逆に、


「悔しいな」


って声をかけてくれた人には

救われた気がしたそうですし


「ごめん、なんも言えない」


って声をかけてくれた人もいて

自分の気持ちに

本当に寄り添ってくれてるなと

そう感じたそうです。


このエピソードを聴いたのは

僕が30歳のとき。


僕の人生で1番しんどかったときで

本当に死んでしまおうかとさえ

思っていたときでした。


あまりにしんどくて

自分が崩壊しそうで

お忙しいなか申し訳なかったけれど

先生にもお話を聴いていただいたのでした。


あのとき先生は


「しんやも俺も、

またとない経験をした。

そんなふうに、

本当に死にそうなくらいの経験をした人は

同じような想いをしてる人にたいして

どういう言葉をかければいいのか

あるいは

どういう態度をとればいいのか

わかる人だと思う。

うちらのこの経験は、

決して無駄じゃないんだよ。

確かな意味があるんだよ」


そう、僕に言ったのでした。


いやね、

先日、ある人がお友だちから


「〇〇には、幸せになってほしい」


と言われて

ひどく傷ついたと

そんなエピソードを話してくれたのです。


「わたしの人生は

幸せじゃないのかな、って

ひどく悲しくなりました」


と言うのです。


言葉をかけた側、

言葉を受けた側それぞれの

背景や心理状態は

もちろん影響するでしょう。


もっといえば

国語がわかってないと

さらに深刻な誤解も生まれかねません。


あらためて


"ことばって難しいな"


って

そう思ったのです。


ちなみに僕は


「しんやには、

幸せになってほしい」


って

これまでの人生で3回ほど

言われたことがありますが


嫌な想いをしたことは

ただの1度もありません。