みなさん、知ってますか?
花巻は若葉町にある「ポパイ」
花巻市文化会館のすぐ側にあるんですけどね
美味しいですよー
語った、というか
正確にはあいつのほうが一方的に喋って
僕は「ふむふむ」と聴いてただけですけどね笑
この友だちとは
花巻北高に入学したとき
たまたま隣の席になって以来、
なぜかずっと関係が続いておりまして
そう、
もうそろそろ出逢って20年になるんだねー!
とか言って
2人で笑ってきましたけども
今度、お母さんになるのです
もちろん旦那さんともね、
お会いしたことありまして
一緒に花巻で飲んだり
泡盛とかいただきまして
ほんとにありがたかったんですけども
新しい命をお腹に宿したお母さんは
やっぱり顔つきがちがうなあと
そう思いました
内容は書けませんけども
あいつの家でも色々ありまして
人の心って難しいなあ
わかり合うって難しいなあ
寄り添うって難しいなあとか
ほんとに色々思いまして
何度も引用させてもらって
本当に申し訳ないですけども
僕が死ぬほど影響を受けた、
河合隼雄という臨床心理学者がおりまして
彼はこんなことを言ってるんですね
我々カウンセラーがやってることは
苦悩してる人々を
励ますのでもなく
勇気づけるのでもなく
ただ一緒に落ち込んであげることだけです
ただクライアントと違うのは、
こちら側(カウンセラー側)は
希望を持って、落ち込んでいる
この話を初めて読んだとき
「ほぉー!!!」と
なんとも感激したんですけども
まあでも。
職業によってもその役割というかは
絶対違ってくると思います
たとえば看護師が
毎回何人もの患者さんと向き合って
毎回一緒に落ち込んでたら
それは本当にもたないと思いますし
でも…
一緒に落ち込む、って
すごいことじゃないですか?
なんかいいこと言って励ませば
こちらとしてもなんかいいことしたような
そんな気になるし
言われた側も
そうだよな、くよくよしてても仕方ないよな
とか思ったりしてね
なんかいいこと言ってもらったな、
しっかりしなきゃな
とか、思うのかもしれませんけど
それはケースバイケースというか、
そもそもそんなんで立ち上がれるくらいなら
少々大袈裟にいえば
きっと誰でも良かったかもしれなくて
深い、深遠な悩みとか
いわゆる“イエ”まで背負った(あえてカタカナで)
悩みとか問題というのは
なかなかそうはいきません
そんな悩みを抱えた人相手だと
言葉で分かっていても
あるいは、身体はそばにいても
心が逃げてしまっている場合が多くて
心が逃げてしまっている場合が多くて
うまいこと言って
実際には突き放してしまってることも
多いように思います
それというのも
ほんとうに深い苦しみや
ほんとうに深い苦しみや
悲しみを抱えている人と
心も体も一緒にいるということは、
こちらにとっても
心も体も一緒にいるということは、
こちらにとっても
ものすごくしんどいことだからです
でも、
でも、
逆にその苦しんでる側からしたら、
ほんとうにつらいとき、悲しいときには、
よけいな慰めなど言ってもらう必要はなくて
一緒にいてもらうだけでいい
ほんとうにつらいとき、悲しいときには、
よけいな慰めなど言ってもらう必要はなくて
一緒にいてもらうだけでいい
でもこっちのほうが
もうじっとしていられなくなって
ついつい、
よけいな慰めの言葉とかを
かけたりしてしまったりするんですよね
傾聴、とか
共感、とか
本当に、本当に難しいです
僕も人生で
本気で死のうと思ったこと、
3回あるって言いましたけど
あのときの自分の気持ちとか、
あの深い傷とか思いとか
誰かに簡単に「その気持ち分かるよ」とか
言ってもらいたくないですもん
ほらね、
言ってもらう側でさえ
そんな思いもあるのだから
なかなか難しい
で
も
それでも
人間ていいなあ
なんて人って素晴らしいんだろう
って思ってしまうんですよね
不思議ですね
