ダメ人間 | snyfのブログ

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最近よく凹んでます

先生してたときは
若い先生たちに教える立場だったし
年配の先生からの質問にも答えたりして
もう数学ならなんでもどんとこい!
って感じで
いきいきと仕事してたと思うのですが
(塾長も素晴らしく心の広い方だった)

なんだか今は
ほんと何も仕事できない、
ダメ人間になってしまったようで
なんだか凹むのです

あのときをよく知ってる教え子たちが
いまの僕をみたら
先生しっかりしなよ!
なんて言うのでしょうか

あああああ

絶対に俺は腐りたくない
どんなことがあっても
死にたくなることもあったけど
歯をくいしばって
この人生乗り越えてきたんだ

絶対に腐らない!
がんばる!

不器用な人間だとよく言われるけど
バカにされても
がんばる!


最近すごい考えてるのは
よく、
お母さんのお腹の中にいた時のことを覚えてる
って人がいますよね?
あのことなんです

ちょっと話はずれますけど、
人類が初めて発見した数字って、
なんなのかご存知ですか?

先生してたときも
よく子どもたちに
余談のついでに聞いてみたものですが

よく「1」とか「0」とか
そう答える人が多いんですけど

中には「100!」って答えた小学生がいて
どうしてそう思うの?って聞いたら

とにかく
たくさんあるってことを
数字で表したかったんじゃないか
少数なのは数える必要もなさそうだから

みたいなことを答えた子がいまして
正解か不正解かは別として、
ああ、感性豊かだなあと
感激したのを覚えています


人類が初めて発見した数字なんですけども
実は「2」だと言われてるんですね
(まあ、諸説ありますが)

1というのは、
例えばりんごが1個ある、ということでして
まあ、
「ある、存在する」っていうことですから
それをわざわざ、
1という数字に変換する必要がなかったのです

「ある、ない」でいえば
じゃあ、1か0じゃねえか!ってことになりますが
実はこれ、違うんですね
ここが歴史のおもしろいところでして

「ない」ってことを認識するのに
人類はものすんごい時間がかかったのです
「ないってことも数字なんだ」って
人類が認識できるまでには
すんげぇぇええ時間がかかった

だから「0」が発見されたのは
だいぶ後なんですね
ちなみにインド人が発見しました

0は、
算数とか数学上、
すんごい扱い辛い数なんですね

たとえば
こんなこと、習いませんでした?

どんな数も0では割れない、と
分母に0がきちゃダメなんだ、と

{83F98424-8277-4BC8-9A39-5FC52D79887E}

これはなぜかといいますと
もし0で割ることを許してしまうと

{DC7C80C0-E4BB-4BC7-B108-0381DCC962A3}

こういうことが起こりまして
なんと1と0が等しくなってしまうという、
あまりに奇妙なことが成立してしまうから、
なんです

これにはあのパスカルも
頭を悩ませた、といいます

だから、
「0」が数字であるってことを認めるまでに
人類はかなり、
時間を必要としたし、

モノが2つあって
これとそれを区別する必要がでてきて
はじめて2が発見され、
そいつとはちがう1を定義した、
ってことなんですね
おもしろいですね

まあ、本当に実際どうだったのかは
タイムマシンにでも乗って
確かめない限り無理ですが
「2」が
人類が初めて発見した数字だと
いわれてるのですね

そう考えますとですね、

人間が
自分を自分だと認識できるまでには、

視力や聴力から得た情報が自分のものであり、
その自分は他でもない自分なのだ、
と自分で認識できるまでには、
他者の存在が絶対に必要なのではないか、
と僕は考えるのです

ちなみに、このダメ人間しんやの、
1番初めの記憶は3歳の頃なのですが
それだと多くの人間とすでに会っていて
そいつらと違う自分を認知することは
可能そうです
そいつらと違う自分、を
認識することはできそうです

でも

お腹の中にいたとき
まだ誰とも会ってないのに
すでに自分を認識できていた…
その自分で、
外部からの刺激を認識できていた…
というのは
どうも納得がいかないのですね

憶測とか
推測とか
反論とかあれば
お待ちしております

僕は
みんなご存知のように
なぜなぜ人間なので
こんなことを考え始めたら
ずっと考え続けてしまいます

ダメ人間、
がんばります