昨日はRの誕生日でした
われわれ昭和58年生まれ世代は
ことし34歳になります
Rと出逢ったのは
もう16年前
大学1年生のときです
(もうそんなになるのか)
地元の
自称(笑)進学校を卒業した僕は
東京都内にある
某大学の数学科へと進学しました
進級、卒業するのが
とびきり難しいことで有名な
某大学です
Rとは、同じクラスでした
でも初めから、
仲が良かったわけではありません
話すことも少なかったし
というか僕があんまり
自分を出せずにいて
溶け込めてない感じもあったような
そんな気がします
けれど
静岡県出身の
“すぎやますなお”という
不思議な男が当時いて
僕は彼と一緒にいることが多くて
そのすぎやまくんは
Rと仲が良かったから
3人で
渋谷とか原宿にいったり
遊んだり
そんなことも何度かありました
でもそのRと一緒にいたのはたったの2年間で
彼女は大学を辞めてしまうんですね
それからはもう
ほとんど関わることがなくなってしまいます
本当にしばらくの間
転機は23歳のときでした
なんと僕、
倍率100倍の中、
oasisのノエル・ギャラガーのイベントに当選しちゃいまして
東京に行くことになったのです
チケット2枚あったのですが、
なかなか一緒に行く人が見つからなくて
いろんな人に声をかけては断られ
声をかけては断られ
そんな状態だったのです
で、ふと思い出した
Rは英国のバンド
WILDHEARTSとか聴く人だったから
もしかしたらOKしてくれるかもしれない
そう思って
久しぶりに声をかけてみたのです
そしたら即答
“えー行きたい行きたい(∵)”
よっしゃあああああああああああああ
って感じだったな、ほんとに
約束は
九段下駅に17時
でもなかなか会えなかったんだよ
結局、表参道駅で
2~3年ぶりの再会を果たすことになるんだけどね
でもこれがね
Rがものすごく変わっててね
ほんとにびっくりしたんだ
Rは別の学校に入りなおした頃だったんだけど
数学やってたときよりも
ずっと、ずっとイキイキしててね
あれは本当にうれしかったな
そしてあのとき
お互いムーミンと水木しげるが素晴らしい
ってことでも同調して
まぁ語り合った語り合った
もちろんイベントそのものも素晴らしかったし
なんとノエルがサプライズで2曲生演奏してくれてね
ほんの数メートル前に
ノエルがいて
僕の人生を救ってくれた曲
「Don't Look Back In Anger」を歌ってくれてるんだよ
あの日のことは一生忘れないだろな
あのときにRと再会したことは
その後の僕の人生にとって
本当に大きな意味をもつのでした
その1年後
僕はある女の子と遠距離恋愛をしてたんだけど
いろいろと重い問題が起こって
そのとき力になってくれたのが
ほかでもないRだった
もうほんとにしんどくて
どうにもならない状態になって
別れるべきなのか
でもそれは相手を捨てることにならないか
それで死ぬほど悩んでいた僕に
Rはこう言った
“しんやは優しい人だから
私がこんなこと言ったら怒るかもしれないけれど
私はその彼女さんのことを知らないから
正直どうでもいい
でもしんやのことは大切だから
しんやには幸せになってほしい”
と
あのときのことも
本当に忘れられない
時をほぼ同じくして
臨床心理士のA先生も
“あのね、しんやくんは
しんやくんの人生を大切にしていいんだよ”
と言った
あの帰りの車の中で
僕は大粒の涙を流しながら
ハンドルをバンバン叩いて帰ったけれど
でもあのとき2人の言葉で
覚悟が決まったのかなぁと
今ではそう思うのです
いつのまにか
僕はRのことを好きになっていて
(Rには
大学時代からつきあってる彼氏さんがいるというのに!笑)
ピアノを始めてからは
Rのために曲をかいて
コンサートで演奏して
しかもそれを毎年
Rは観に来てくれて
でもRは、結婚してしまうんです
そして僕は結局、告白できなかった
というのは
なんでかわからないけど
彼氏さんにはどんなことしても
自分はかなわないなってことを
なんとなく分かっていたからです
心のどこかで
だから好き好きアピールはしてたけれど笑
結局、ちゃんと告白はできずに
この恋は終わってしまった
僕はRが結婚したってことを知らなくてね
のちのち知ってね
そして電話したんだけど
あのときも2人して泣いたなぁ笑
「結婚おめでとう。幸せになってね」
っていうあのときの言葉も
心の底から言ったのではない自分に気づいて
あとで泣けてきて
こんな自分だから
ちゃんと「おめでとう」って
心の底から大切な人に言えないような、
心のクソ汚れてる自分だから、
俺はRと一緒になれなかったんだ、って
めっちゃ泣いたね
でも今でもこうしてRと年賀状をやり取りしたり
近況を伝え合ったりしてることは
本当にうれしいことなんですね
でも本当に学んだのは、
どんなに相手のことが好きでも
たとえ心をこめて曲をプレゼントして
相手がものすごく喜んでくれても
黙ったままでは
ちゃんと想いを伝えなければ
そんなに魅力的な相手ならば
すぐに誰かのものになってしまうし
“さいあく”結婚してしまったりして
とりかえしのつかないことになってしまうということです
そういうことを
痛いほど思い知らされたまま
もう2度とこんな過ちは起こさないぞと
そう固く心に誓ったまま
やがてその先の未来で
僕はセリーヌという女の子と出逢います
正直僕は
出逢って最初のころは
セリーヌのことは好きではなくて
むしろなんか怖いな
って思うくらいだったんですけど
(でもまぁとびきり美人ではあった)
あまりに僕や
僕のまわりに素敵な影響を与えてくれ
一緒にいて
ほんと誰と一緒にいるより楽しかったし
そう、
そんなセリーヌに曲を書いてあげたいなと思って
でもメロディーも歌詞も
たくさん溢れてきちゃって
とても5分には収まりそうになくて
「歌詞、めっちゃ長いことになりそう」
って言ったら
“じゃぁ、10番まで書いちゃえばいいじゃんっ”
って僕に言ったんですね
あの瞬間、
“あ、この娘のこと好きだ”
って思った
あれから僕は
本当に毎日
365日告白し続け
ほんとにおよそ1年後
付き合うことになって
本当に
一生分の幸せを
あの数年間で使い果たしてしまったんじゃないかと
今でも思うほど
夢のような日々を過ごしたのでした
でもそんな日々にも
終わりが訪れ
僕はもう
ほんと自分が崩壊してしまうんじゃないかと思うほど
肉体的にも精神的にもしんどくて
つらくて悲しくてやるせなくて言葉にならなくて
そうだな
たとえば「たましい」っていうものが
肉体と心をつないでいるのだとしたら
そのたましいが半分なくなって
そのぼろぼろのたましいのまま
なんとか肉体と心を
つなぎとめてる感じですね
あと少しで
たましいが
肉体と心をつなぎとめられなくなって
自分が自分じゃなくなってしまいそう
肉体と心が離れ離れになって
自分が崩壊してしまいそう
そんな感じです
あのとき
そのしんどさにも波があったんだけど
本当に耐えられそうにないときには
Rに話を聴いてもらって
(いつ振り返ってみても本当にありがたい)
それを見ていて
母さんが突然、
僕にこんなことを言ったのです
“おまえ、Rちゃんと一緒にならなくてよかったね”
って
あの言葉は大きかったなぁ
「一緒にならなくて良かった」っていうのは
そういう意味でもありうるんだ、と
たとえば
とんでもない男で、あるいは女で
それが別れたあと判明して
「一緒にならなくてよかった」ではなくて
僕とRみたいな関係の意味で
「一緒にならなくてよかった」
っていうこともあるんだな、と
母さんがそんなことを言ってた、って
Rに後々話したら
Rもものすごく喜んでいました
不思議な感じがしたなぁ
ものすごくね
そんなRに感銘をうけたり
感激したり
影響を受けたりした言葉はたくさんあるけれど
そのうちの一つを挙げると
“家族っていいと思うんだよなぁ”
というのがあります
いつのことだったか思い出せないほど
ずっと昔のことだけれど
僕の父親のこととか
家族についての悩みを
ありったけRに相談していたとき
最期の最後にRは
“(それでも)家族って、いいと思うんだよなぁ”
と言った
なにがあるにせよ
どんなことがあるにせよ
家族っていいものだと思う、って
このRの言葉を起点に
セリーヌと別れた時のことを振り返りますと
いろいろな意味で
精神的な意味でも
もちろん現実的なことも含めて
(たとえば経済的なこととかも含めて)
俺は結婚するという
家族をもって
なにがあるにせよ
どんなことがあるにせよ
家族として
なんとかかんとかやっていくという
そんな覚悟が
当時の僕にはあったのかなぁと
今では思います
そういうことに気づかされると
Rって偉大だなって思うし
いつも何が僕に足りないのか
気づかせてくれる人だなって
そう思うのですね
むかしは
誰かが亡くなると
悲しいから
さみしいから
くやしいから
泣いた
でも今は
いまの僕は
もちろん
かなしいとか
さみしいとか
くやしいとか
そういうこともあるのかもしれないけれど
なんていうか
“生き抜いたから”泣けてくるんです
どんなことがあったにせよ
自分の人生を
ちゃんと最期の最期まで生き抜いたから
泣けてくるんです
自分でも不思議なんですけどね
それ以上説明しようがない
山Pが出てた
「プロポーズ大作戦」というドラマ
その中に
こんなセリフがあります
“いつも明日がくると思ってたら痛い目にあうぞ”
“何でタイミングやきっかけに頼ろうとすんだよ!?
この信号が変わったら告白しよう。
この車が通りすぎたら言おう。
二人きりになったら気持ちを伝えよう。
そんな小さなことにこだわってるから、
大きな幸せがつかめないんだよ!”
30歳過ぎのオッサンは
本当にそおう思います
34年なんて
ほんとにあっという間です
こんな34年にしか
歩んでこれなかったけれど
古い人は去っていき
新しい人は訪れてきました
Rは、僕にとって
去ったり
訪れたり
というような感じでもない
不思議な立ち位置にいる人です
とにかくR
誕生日おめでとう
最後に
最近ものすごく考えさせられている
河合隼雄先生の言葉を
人生では、餅を相手にしているのか、
絵に描いた餅を相手にしているのかさえわからなくなるときがある
その一番いい例が恋愛で、
優しく賢い女性にめぐりあい、
何とか共に暮らしたいと思い、
3年間の交際の後、
ようやく結婚に至った男性が、
一年もたたないうちに離婚したくなってくる
3年間にわたって見ていた「優しく賢い女性」は、餅だったのか、
それとも絵に描いた餅だったのか
われわれは時に、
素晴らしい餅を買ったと思っているとき、
それが絵に描いた餅であることに気づくことがある
しかし、ここで一歩踏み込んで、
3年間も彼女にだまされていたと考えるのではなく、
自分の心の中で活動し続けた「優しく賢い女性」という絵姿は、
自分にとって
何を意味するのだろうかと考えてみる必要が
あるのではなかろうか
よくわからん
長すぎる日記ごめんなさい