なので
総合体育館に行って
北上のスタバにいって
昨夜買った、
ブルージャイアントを読みました
ぶちのめされました
昨日のあの重いブログのあとに
また今日も
長ったらしいブログを書くのもどうかと思うので
書きませんが
なんか自分の音楽人生とリンクして
もうボロボロ泣けました
漫画なのに
読んでいて音が聴こえるんです
JAZZが頭の中で鳴っている
胸が熱くなりっぱなしの漫画だったけれど
その中のひとつを挙げると
主人公のサックス奏者、宮本大は
最初のライブで、
ある老人の客に演奏を酷評されるのです
「うるさい」
と
この場面ひとつとっても
自分の音楽人生と重なって
本当にたまらなくなりました
僕は24歳でピアノを始めました
幼い頃からピアノをしてたわけでは
全くないのです
だから
譜面も読めないし
難しいこともできないし
クラシックは大好きだけど
クラシックピアノなんて弾けません
ピアノを始めたきっかけは
親友の結婚式で
どうしてもピアノを弾いてあげたかったから
親友だから
やっぱり大切な人だから
特別なことをして
御祝いしたかった
それで
ピアノなんて触ったこともない、
譜面も読めない24歳が
突然ピアノを始めたわけです
ピアノのS先生は
本当に素晴らしい先生でした
ピアノだけではなく
音楽の何たるやを教わったのは
S先生からです
あるときのレッスンで
一生懸命練習してきたフレーズを
間違えて弾いてしまったんですね
譜面にない音を弾いてしまった
「あ!まちがえた!」
って僕が手を止めたら
「まちがえただなんて思わないの!
なんて面白い音が鳴ったんだろう!
って思うのよお!!」
って、S先生が言ったのです
あのとき僕はひどく感激して
たまらなくなったのでした
そのあと
「今の間違えて弾いた和音は
セブンスと言ってね…」
と、
わかりやすく理論を教えてくださったのです
そんな、本当に
本当に素晴らしい先生だった
世界で1番影響を受けたピアニストは?
と聞かれたら
迷わず僕は、S先生と答えます
話は戻って
その親友の結婚式ですが
まあ事実上、
その親友の結婚式での演奏が
僕の人生で初めてのライブに演奏会
ライブになったのです
ところがあの日
忘れもしない、
岩手・宮城内陸地震の日でしたが
とうとう僕が演奏するときになって
ピアノの前に座ると
鍵盤が全く見えないのです!
真っ白にしか見えない
どこが鍵盤と鍵盤の境目なのか
全く分からなくなってしまって
背中から変な汗が流れ
自分でもコントロールが効かなくなって
間違えまくってしまい
散々な演奏をしてしまいました
100人以上いる、
結婚披露宴の場でです
本当に
悪夢でした
僕はもう、
親友とその奥さんに申し訳なくて申し訳なくて
合わせる顔もなくて
もう隠れてしまいたいどころか
死んでしまいたい気持ちになりました
消えてなくなりたかった
今すぐにでも
僕は
「二次会には絶対出ない!
出たくない申し訳ない!」
と言って
そそくさと帰ろうとしました
そしたらもう1人の親友が
「また始まったよ、ふじいくんのネガテイブが!
そんなことないって!
そう思ってることが逆に失礼でしょうよ!」
と、僕を無理やり
二次会の会場に連れて行ったのでした
実際には、
披露宴をあげた親友とその奥さんは
心から、喜んでくれていたのです
あんな、ひどい演奏でも
僕の心を汲み取ってくれるほどの
美しい透き通った心の持ち主でした
でも
あのときの僕は
本当に落ち込んでいました
消えてなくなってしまいたいくらいに
さらに悪いことに
披露宴の1ヶ月後には
ヤマハのサマーコンサートが待ち受けていました
披露宴の時点で
僕はピアノを始めて
まだたったの3ヶ月
ふつう初心者は出ないのですが
先生が
「ふじいさんなら大丈夫!
てか出なさい!」
と出場を勝手に?
決めてしまっていたのでした
あのとき
「何の曲やる?」という話になり
悩みに悩んで
バカにされるかもしれないなあ
とか思いながらも
「すいません、S先生、
オリジナル曲つくって弾いてもいいですか?
好きな娘がいるんです」
と言ったのでした
すると先生は
「え!すごい!!
どんな曲どんな曲!?」
と食いついてくるではありませんか
僕は、緊張しながらも
少し考えていたメロディを
先生の前で弾いたのでした
すると
「すごおおおおおい!!!
ほんとにふじいさんが作ったの!!!!?
それでいきましょう!!!!!決定!」
と、興奮気味に言うのです
さらに
その好きな娘が
はるばる千葉から
サマーコンサートを観に
わざわざ岩手に来てくれることになったのです
ところが僕は
本番直前まで
あの披露宴の大失敗が頭をよぎり
もう気が気じゃありませんでした
「好きな娘のまえで、
失敗したらどうしよう…」
と
とうとう僕の番が来て
靴と靴下を脱ぎ
ピアノの前に座りました
僕は大きく深呼吸をして
「自分が、
世界一のピアニストだ!」
と、思い込むようにしました
笑っちゃう話だけど、
堂々と演奏したかったのです
何も恐れることなく
そしたら
そのサマーコンサートの演奏は大成功
最後のEのコードを弾き終えた瞬間
会場から大きな拍手が巻き起こりました
あのあとS先生から
一生忘れられない言葉を頂いたのです
「ふじいさんは、作曲やんなさい
ずっと一生ね。約束よ」
曲をプレゼントした、
その当時好きだった娘も
興奮しながら喜んでくれて
「あああああもうほんとよかった!
もし失敗してしんやが勝手に落ち込んだら
もう引っ叩いてやろうかと思ってた!笑」
と、言いました
残念ながらこの恋は実らず
その娘は結婚してしまうのですが
今でも年賀状のやり取りもするし
大切な親友のままです
実は、彼女と恋が実らず
親友という存在でいたからこそ
後々の人生で
ずいぶん救われたこともあった
この漫画、
ブルージャイアントの主人公、
宮本大が仙台から東京に行く前に
以前酷評された老人のまえでまた演奏をし
その評価がひっくり返るシーンがあります
ほんとに、
ほんとに感動的です
どんな偉大なミュージシャンでも
どんなに名の知れた音楽家でも
歴史に名を残すような作曲家でも、
絶対に一度は
大失敗をしているものだと思います
いや、一度じゃないな
何度も、何度もだろうな
たとえば英国を代表するバンドであった、
ロックンロールバンド、oasis
彼らは初ライブのとき
「今夜、俺はロックンロールスターだ!」
と、
たった数人しかいないライブハウスで歌いあげ
観客の失笑をかっています
ところがそれから
たった5年後には
英国一大きなスタジアムを満杯にさせ
「Tonight, Im a RockNRoll Star!」
と歌うことになるのです
僕は
自分のために曲を書いたことはありません
今まで書いてきた曲はすべて
心底大切な人に対して、だけです
よほど大切な人でなければ
作曲なんてしない
そして一音一音、
意味があります
映画のように
シーンがあります
恋した人に曲をプレゼントすると
なぜか実らなくて(といっても2人だけだけど)
元カノと別れたときは
「もう一生、曲なんてつくらない!」
と、固く決心してましたが
あるファンの方が
「それは無理だと思う。
しんやくんがどんなに音楽から離れようとしても
音楽が絶対にあなたを離さないでしょう」
と、僕に言うのです
その通りになりましたよ、あつこさん
僕はあの言葉の先の未来で
クラスメートに曲を書きました
あなたの言うとおりでした
考えてみれば
最初にサマーコンサートで
曲をプレゼントしたRとも
今もって良い関係だし
曲をプレゼントすると
悪いことが起こる、というのは
いささか考えすぎなのかもしれません
長くなりました笑
とにかく、
ブルージャイアント、
素晴らしい漫画なのです
歴史に残る、
名作だと思います


