行きつけの店 | snyfのブログ

snyfのブログ

ブログの説明を入力します。

本当にあともう少しで
看護学校も卒業です

最近、大学のとき
とくに4年の頃を
なぜか毎日思い出します

僕は初めから、
4年になったら卒研だけに集中したい!
と思っていたので
3年までで必要な単位は意地ですべて取り
4年生のときは本当に
卒研しかやりませんでした

カリフォルニア大学バークレー校で
Ph.Dを取得した優秀な教授のもと
本当に数学浸けの
刺激的な日々を送ることができました

解らないことだらけだったけど笑
本当に楽しかった

そして
とにかく大学4年のときは
毎日のように呑みに行きました

お世話になった教授とも呑んだし
いつものメンバーみたいなのが
やっぱり当時もあって
行きつけのお店にいつも行っていました

あの1年間で本当に
かなりの金額を飲み代につかったと思いますが

その飲み代は何処から出ていたのかというと
高校卒業までの18年間で親が貯金していた、
お年玉などです

うちの親は本当に厳しくて
幼い頃から
お金を満足に使わせてくれませんでしたが

大学に進学するとき
「おまえももう大人だ。
自分で考えて使いなさい」
と通帳を渡してくれたのです

高校まで自由にお金を使えなくて
お小遣いもほんの僅かで
それはそれはもう
両親を恨んでいましたが笑

あのときはじめて
親に感謝しました

その通帳には
かなりの額が入っていました
じいちゃんばあちゃんの兄弟も多くて
たくさんの方から毎年お年玉もらってたしね

でも

その行きつけの店も
今はもう、ないのです

東京は本当に
移り変わりの激しい場所です

僕が4年間過ごした神楽坂も
すっかり変わってしまいました

東京に行くたびに、
本当にどんどん変わっていくので
やっぱりさみしくなります

でもなんていうかな、
「行きつけの店」というのは
やっぱり、いい

当たり前だけれど
本当に知らない人だらけの
怖い怖い東京の街で
唯一、”家”と呼べるような
そんな場所だったしね

この看護学校の3年間

行きつけの店も
たったひとつだけだけどできました

丸長は
1年生のとき
さとう君が教えてくれたんだけど

なんでか知らないけど
僕は気に入ってしまって
週に一度は通うようになりました

思いっきり辛くして食べるのが好きで
もっと言えば
本当に一番最後だけ、
ビールで流し込むのが好きなのです

一関にも
行きつけの店ができて嬉しい

東京ほどは
移り変わりの激しい街ではないでしょうから
ずーっと残っていてほしいなと思います

最近は行くたびに
国家試験、頑張ってね!
と言われるので
少し泣けてきます

だってそろそろ、
御別れだから

御別れになるかもしれないから

僕が人生で過ごした、
大切な場所

岩手県花巻市
埼玉県和光市
東京都新宿区
岩手県一関市

いったいなんの縁で
この場所に引っ張られたのだろうと
本当に思います