ある日、マンションの工事が入り新しくエレベーターができるらしい。このマンションは4階までしかない。しかしエレベーターには10階までのボタンと屋上を示すRの表示が。増築でもするのか?とにかく工事が始まった。外からは何もない日常風景で工事をしている様には見えないが部屋にいると下から振動がするのがわかる。どうやら地下に物を置いて準備しているようだ。仮のエレベーターは今の入口とは反対側、完成後は階段が撤去され非常階段はエレベーター横にできるらしい。
数ヶ月後、エレベーターが完成した。4階より上は「その階には止まりません」と棒読みで発する自動音声だった。ある日エレベーターがなかなか降りて来ないので3階の私の部屋にいくには非常階段を使うしかなかった。薄暗いLED灯のドアを開けると降りてくださいと言わんばかりの下りる階段を見つけた。黄色の逆三角の中に関係者以外立入禁止と書かれていたが好奇心には勝てない。扉を開けると確かにエレベーターがありBに停止していた。しかしエレベーター内に上にいく表記が見当たらない。B、B2、B3と下にしか行かないエレベーターだった。実際エレベーター工事と聞いていただけだし、駅が近いから地下でつながる話だったのか?
こうしていても部屋には絶対たどり着けないのでエレベーターを降りようとしたが扉が開かない。それどころか閉まった途端下に降り始めた。いやにゆっくりした速度で降りていくエレベーター。自動音声が。
「地下13階です。」
そんな階なかったぞ?
扉が開くと赤い非常灯の奥から男が数人走ってくる。怖くなって扉を閉めると今度は上に上って行った。エレベーターの表示は消えたままで何階にいるかすらわからない。
「い…かい……に…とう…ち…く……まし…」
壊れた録音機のような音声を聞くか聞かないかの刹那、外に飛び出した。降りたのは1階だったが駅前の喧騒は一切なく周りに人がいなかった。文字も日本にいるのを疑うくらいわからなくて吐き気を覚えるほどだった。コンビニは開店前の如く扉は固く閉ざされ、飲食店のありとあらゆる場所は扉が開いていても、そこに何かあるかのように中に入れなかった。何かおかしい。ここで問いかけねばならない。
あなたはエレベーターの矛盾を覚えておられるだろうか?
エレベーターが来なかった時の私の行動。さらに向かった先、そしてエレベーターが着いた場所。
…そう、このエレベーターが1階につく訳がないのだ。地階止まりだったはず。それでは現在の場所はどこか?音声は壊れたのではない。
「異界に到着いたしました」
怖くなって駅に駆け込んで改札をくぐり構内に入った。当然機械は動かないから文字通りくぐりぬけたが今はそんなことはどうでもいい。電車の来ない線路を明るい方へ走った。1キロ位走っただろうか、隣駅のホームが見える。乗り換え駅なので駅員用にホームへ上る階段があった。本気で訴える私の発言にスキンヘッドの駅員が一言。
「ここへ来てはいけない。今すぐ自分のマンションに帰りなさい。ただし、走ってはいけない。」
今度は明るい方から暗い方へ怖かったけど歩いて戻る。暗いところを過ぎるとまた少し明るくなった。今までと逆をして、また文字通り改札をくぐって出た先はいつもの喧騒とした駅前だった。マンションに戻ってエレベーターを探したけれどその場所はコンクリートの壁だったし大家に確認したけれど増築とか新しいエレベーターの話なんかなかった。
でもその大家さんは古くからこの物件を知っていて20年前くらいにその話が持ち上がって検討したんだって。でも地下工事の時不幸があってその話もなかったことになったんだって。話聞いてて背筋が凍ったよ。エレベーター横に非常階段を作ること、今の階段撤去の件。スキンヘッドの駅員は僧侶さんだったのかな?
その日、なくなったエレベーターのあった場所で合掌と黙祷を捧げた。