ご利用は計画的に その② | 田舎モンが出戻った

田舎モンが出戻った

12年に渡るアメリカ田舎暮らしを中断し、サンフランシスコに2年滞在した3児のハハ
そしてまた東海岸に戻ってきたものの、下のムスメは日本に留学・・・空の巣症候群にかかってしまうのか???

風邪ひきダンナにお心遣いありがとうございます

とりあえずは喉がガラガラなだけで大丈夫っぽいです

昨日アイスクリーム買ってきて甘やかしましたので

機嫌は大分いいです笑い泣き

 

アマゾンプライムで観れる日本のドラマにハマっております

今見てるの『医者たちの恋愛事情』

『若者たち2014』『マッサージ探偵ジョー』

 

このマッサージ探偵ジョーに

小澤征悦が出ておりましてな

近くに住んでるのに滅多に現れない

うちの小澤のギャップを埋めてくれております笑い泣き

最近うちの小澤髭はやしてるもんだから(薄いけど)

一層似て来てるのよね・・・

 

 

 

さて前記事の続きでございます

子供を抱いて空港を走ったと言うreeちゃんのコメを読んで

そう言えば似たようなことがあったなぁと

当時プーを妊娠中で

切迫早産&ぎっくり腰だったワタシが

空港を走らされた話ですお暇ならどうぞ

 

あともう少しセキュリティが早く進めてくれていたら

飛行機に間に合っていたかもしれないワタシ達

 

(ビクトリア、祭りの準備中)

 

結局ワタシらを含め6人がこのマルタ行きの便に

乗り遅れてしまった

(自分たちを『マルタ・シックス』と名付けました)

とりあえず9時間後に別便があってそれに空席がある

しかし遅れたのはそのエア・マルタのせいではないので

乗って来たアトランティック航空がチケットを出すと言う

 

そのチケットカウンターがあるのは前にいたターミナル

と言うことはまたシャトルバスに乗って

セキュリティを通り抜けなければいけない・・・

そしてまたこのターミナルに帰ってこなければいけない・・・

一体どういう罰ゲーム???

 

カウンターではめっちゃ待たされ

チケット出してもらうのに1時間近く待たされた

おまけに空港のWi-Fiがなかなか繋がらないのだ

空港にB&Bのオーナーがタクシーを手配してくれている

到着が半日遅れることを伝えて

それをキャンセルしてもらわなければならない

やっと繋がったときには

乗り損ねた飛行機の到着時間が過ぎていた

 

(セント・ジュリアン湾の可愛らしいボート)

 

無事にその後の飛行機に乗って

マルタに到着したのは夜中の1時過ぎ

入国手続きもなんとか終わって出てくると

オーナーがアレンジしてくれたタクシーが迎えに来ていた

(名前のスペルめっちゃ間違ってたけど)

そこからフェリーが出ている港まで行くと言う

 

フェリーは夜中も1時間半おきに走っているようで

朝まで待たなくてもいいとなると助かる

が次の便は2時半

それに乗り遅れると4時まで待たなければいけない

 

タクシーの運ちゃんは飛ばした!

30分は走ったと思う

多分スピード違反してくれてたに違いない

しかしマルタにまっすぐな道は少ない

ハイウェイもない

交差点はラウンドアバウトになっており

そこをグイングイン曲がりながら通って行く

ワタシは車の中で転がらないように

ドアの上にあるハンドルにしがみついたままだった

 

(ムディーナの聖パウロ大聖堂の中)

 

なんとか2時半のフェリーに間に合いゴゾ島到着

別のタクシーが迎えに来ていた

乗り込むとその運ちゃんは早速

キャンセルされた昼の分がかかることを

ワタシ達にマルタ訛りの英語で話し始めた

 

タクシー2台分トータルで40ユーロ

それを2回分、つまり80ユーロ請求されてしまったのだ

確かに空港では1台待たせてしまったが

ゴゾの港の分キャンセルには間に合ったはず

 

B&Bに到着して払うときに

いつも仕事を回してくれるオーナーの前だったからか

70ユーロでいいと言う

疲れ果てていたのでもういいやと黙って支払った

 

(最後に泳ぎに行ったスリーマ近くのビーチ)

 

帰りの便は早朝7時過ぎ

ちゃんと時間通りに搭乗した

今回も乗り継ぎはヒースロー空港

乗り継ぎ時間は2時間半ほど

前回よりは時間があるな、と少し余裕の気持ちでいた

 

さてこれからランウェイに向かう、と言うとき

飛行機のエンジンが

ぶおおおおおうううぅぅぅぅぅぅnnnnn・・・と

止まってしまった

そして機長からのアナウンス

 

ジェネレーターが故障しました

予備のジェネレーターに切り替えますが

今エンジニアを呼んでいるところです

 

ようやくジェネレーターを切り替えて

離陸できたのはすでに40分近く後のことだった

 

(セント・ジュリアンでワールドカップ決勝を見てた人達)

 

もちろんヒースロー空港では再び走らされる

ターミナルを変えてのセキュリティチェックもあり

しかし今回はセキュリティで短い列に入れてもらえたため

どうやら間に合いそうだ

乗り換えカウンターで

搭乗券もスムーズに発券が済み

ゲートまでの裏道を教えてもらって行った

 

ゲートに着く前にダンナがトイレに行くと先に行った

ワタシはゲートについてダンナを待っていたのだが

いつまで経っても来ない

もう搭乗は始まっているのだ

一体ダンナ何している???

 

もう周りにほとんど人がいなくなった頃

やっとダンナが息を切らしてやって来た

どうやらゲートを間違えていたらしい

行った先が変なドアの向こうで

なかなかこっち側に戻ってこれなかったと言うのだ

もうドキドキした~~~~!

 

 

(エア・マルタの飛行機

空港にボーディングブリッジはなくタラップを使う

後ろの扉も開くので早く乗り降り出来て便利!)

ちなみにチケットを取ったのはExpedia.comと言うサイト

そのときに乗り継ぎ時間が短いことに気付いたが

ダメならばここに選択肢として出てこないはず、と

大丈夫だと勝手に思い込んでしまったワタシがバカだった

もっときちんと計画してこのサイトを使うべきでした真顔

 

発券がギリギリだったせいかどうかしらないが

前が壁になっている足元に余裕がある席に座れた

ここは通常ならば別料金がかかる席なのだ

やっとラッキー!!!

 

JFKについて、その夜泊まりに行く予定だった

ダンナのステップ弟のヨメに連絡を入れたら

『雷雨が近づいてるから着陸できないかと思って

心配だったのよ~~~』

うわ~ここでもヤバかったのかと思いつつ

スーツケースを取りに行く

 

が、着陸の時には避けられた雷雨が来ていた

暴風雨のため荷物用の入り口が閉ざされています、と

 

急いで入国手続きを済ませて来たのに

結局ここで待たされること約1時間・・・

 

JFKまでダンナのステップ弟が迎えに来てくれる筈だった

しかし急に出張が入ってしまい

その日遅くまで帰れない

ウーバー(タクシーみたいの)で家まで行ってくれと言う

 

そこからコネチカットの彼の家まで1時間半

ウーバー代$135・・・

そして彼の家は小さくて泊まれない

近くにホテルを取ってあるからと送ってもらったが

既に支払い済みとかでない限り

ダンナが弟に払わせるわけがなかろう

さらにホテル代出費笑い泣き

 

 

(バレッタの宮殿前の衛兵)

翌日最寄りの駅まで送ってもらい

そこからペン・ステーションでアムトラックに乗り換える

車内で食べるためお寿司と味噌うどんを買って乗り込んだ

(味噌汁にうどんが入っている、いかにもアメリカだ)

しばらくは席が前後に分かれたが

(自由席だったため)

1時間半ほどしてワタシの隣が下車したため

その後は並んで座れた

知らない人の隣でうどんをすすりたくなかったため

うどんはすっかり冷めていた

 

そしてあと1時間で着く、と言う頃

列車が止まった

前に貨物列車がつかえているらしい

そこは単線なので貨物列車がどかないと通れない

いつ発車になるかわからない、と言う

 

しかしそこは大ボケ兄が住む街だ

迎えに来てもらえるかどうか聞いてみる

寝ているところを起こしてしまったが

シャワーを浴びてから来てくれると言う

 

(バレッタの国立戦争博物館でダンナとマルタの騎士たち)

 

しかし15分ほどして列車が動き出したので

大ボケ兄にはキャンセルを入れた

そこから15分ほどかかるところに住んでいたし

その夜も仕事だったのでホッとしたようだ

 

やっとのことで目的地にたどり着き

今度は小澤が迎えに来てくれるのを待った

その駅は小澤の職場から10分ほどなのだ

しかし30分待っても来ない

連絡を入れてみたら

閉園後の片づけが残っていていつになるかわからないと

だったらもっと早くに連絡してくれや~!!!ムキー

 

仕方なくウーバーを呼んで

エアマットレスの待つ家に帰った

 

 

 

 

もう当分は

旅行したくない!!!