【北海道あの駅に帰りたい258~264】最終回 | Johnnyのブログ 「Welcome to the Moomin village」

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自由に気ままに
歩いて旅をしたい…

多くの事は望まない…

小さな幸せを感じていれば
それでいい…

少しくこの最終回を迎えるにあたり時間がかかってしまいました……

Twitterから始めたこのタイトルは実に3年になります。
今まで北海道の264駅の過去を紹介しながらやって来ました……
色々な思いを込めて……


僕はずっと前から駅が好きなんです……
鉄道好きとは違うんです……
駅が好きなんです……

そんな思いを込めながら更新して来ました……

そしていよいよ最終回です。


【北海道あの駅に帰りたい259】
(約20年前の石勝線―占冠駅)
「しむかっぷ」と読みます。

1981年の石勝線開業に併せて開業になりました。


今も昔も変わることなく、同じ佇まいです。

特急列車が停車する❗
そんな雰囲気を醸し出している駅です。


【北海道あの駅に帰りたい260】
(約20年前の石勝線―楓駅)

あの駅は現在、存在しません。
1981年登川支線の廃止に伴い廃止駅となりました……

今は楓信号場として残されています。




【北海道あの駅に帰りたい261】
(約20年前の石勝線―新夕張駅)

1892年に開業しましたが、石勝線開通に伴い紅葉山駅から新夕張駅に改称し移転しました。

ということで、今も昔も変わりません……



【北海道あの駅に帰りたい262】
(約20年前の石勝線―十三里駅)
「とみさと」と読みます。

懐かしい当時のマイカー付きです(笑)
東追分駅と同じ構造でした……

この駅は2016年3月25日の最終運行を以て廃止駅となりました……
3か月前には十三里駅と書かれた電器室以外は解体されました。
跨線橋もプラットホームも全て失われました……

残されたのは拙い記憶……



さらば十三里駅……


【北海道あの駅に帰りたい17】(リバイバル)
(約20年前の石勝線―滝ノ上駅)

20年前も今も殆ど変わってません。

色も同じですね……


寒い日の早朝↗
廃止される駅が多いけど、ずっと残っていてね……


【北海道あの駅に帰りたい263】
(約20年前の石勝線―川端駅)

石勝線の歴史が浅いこともあり、骨董品の駅もなく、この駅も変わりませんね……


駅裏にあった列車のレストランもパークゴルフ場も閉鎖されてしまいました……
残されたのは遺産を見る度に心が痛みます……


これが最後の駅です……
このコーナーを始めた時から、最後はこの駅に決めていました。
【北海道あの駅に帰りたい264】
(約20年前の石勝線―東追分駅)

このブログを通じて、僕はこの駅に対する【愛情】を語ってきました。
自信を持って言えることがある。
【この駅を一番愛していたのは
 この僕です】

2016年3月26日
この駅が廃止駅となった日です。
十三里駅同様、あの見晴らしの良かった東追分展望台(跨線橋)もプラットホームも全て撤去されてしまいました……

その姿は涙が出るほど切ない……

切なさの極致

この駅は1965年に開業しましたが、当初は300㍍夕張寄りでした。
1981年に現在の位置に移転しました。
移転前はこんな感じでした……

(ネット写真より)
これはこれで味があったなぁ……



夜の東追分駅も大好きだった。


毎週のように通っては駅ノートの管理をした。
日本全国の方々が想いを残していかれた。
本当にいい想い出ばかり……
そして本当に青春だった……

今でもこの写真を見ると涙が出る……

駅ノート4冊は今、盗難を逃れて僕の部屋にある。
一度紛失したがボロボロになって戻ってきたのもある。

最後のこの写真は2年前の大晦日である。
数知れないほど、この駅に通ったが、この時が一番綺麗な夕暮れだったと思う……

ありがとう東追分駅……
僕は忘れない……




長い間【北海道あの駅に帰りたい】にお付き合いいただきまして、ありがとうございました❗


今でも多くの方がバックナンバーにアクセスして頂いています。
時々、思い出して過去を振り返っていただくと、とても嬉しく思います。


さようなら……
【北海道あの駅に帰りたい】