このまま車が彼女の家に着き、小さな「サヨナラ」をした瞬間、もう一生彼女に会えないことは解っていた。
僕がその事を告げると、声もたてずに彼女は泣いた……
僕はたぶん彼女が好きだった……
そして彼女もたぶん僕が好きだった……
何年かの間、二人の間には暗黙の見えない線が引かれていて、その線をお互いに越えようとはしなかった。
軽く楽しく生きることが、流行っていた時代だった。
彼女は数日後、海外に渡り、そこで結婚してそこに永住する。
どこかの時点で見えない線を越えていたならば、人生は変わっていたかもしれない。
あれから長い年月が経ってしまった。
時が経過するというのは想像しているよりも早く、そして残酷だ。
僕はあの日から彼女に会っていない。
ここ何年かは思い出すことすら殆どなかった……
先日、古い小説を本棚から取り出した時、一枚の写真が足下に落ちた。
遠い日の夏は、なぜこんなに感傷的にさせるのか……
情熱の欠乏……
だけど今の僕には後悔するほどの情熱さえ持ってはいない……
今となっては彼女を抱いた時の柔らかい感触だけが、唯一の情熱の欠片なのだろうか……