スナフキンの足跡・・・反省、感謝そしてこれから
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尽くす愛

親父の精神力と愛情はオフクロの生命力にも大きな力を与えた。    以前母の病気がひどく悪かった時、それでも好きな短歌を書いては親父が新聞社に投稿していた時代があった。それがきっかけで雑誌社が取材に来た事もあった。母は短歌をはじめ、書くという事が生き甲斐となり自信となった。親父の愛の支えで母は3度の危篤を奇跡的に乗り越えた。 母を救う為 精神的にも 大きな支えとなり、そして食事療法までも試行錯誤しながら母を死の淵から救ったのだ。母はいま九州の兄の近くで環境の素晴らしい 老人ホームで介護を受けながら暮らしている。その当時からは想像着かないほど元気になった。

2007/07/04

数年前親父はうつ病だっんだと病床の親父から聞いた。ショックだった。知らなかった。 全く気付かなかった。というか気付いてあげれなかった。その当時も月1のペースで遊びにいき、帰り際毎回親父は笑顔で僕らを見送ってくれた。あの笑顔の裏にそんなつらい世界があったなんて。
うつ病のつらさは理解している。自分もそうだった。そしていま 妻がその中にいる。心が重くて気力が出なくて自分が嫌で 歯痒くて体が重くて・・・
親父の支えになれなかった。

親の心、子知らず。

親の苦労は遠く離れているとわかりずらい。親父の性格上からも知り得ないところが多かった。息子らに弱音を吐くものかと、それが、親父たる者そうあるべき と無言の教えだったのだろうか。父親を幼い時に亡くした親父。一つの理想像を貫いたということなのだろうかのか。尊敬すべき父でありこの上なく尊敬している。しかし過去の両親の苦労を今更ながら知り、衝撃を受けると同時に自分情けなさに唇を噛み締めた。