大分合同新聞より 抜粋
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学力テスト目標クリア校 学校名を公表 教育長が表明
大分県教委は本年度から、小学五年生と中学二年生を対象に実施している基礎・基本の定着状況調査(一斉学力テスト)の結果について、各試験科目のすべての調査項目で、平均到達度(平均点)が学習指導要領の内容を満たす目標値を超えた学校名とその数値の公表に踏み切る。二十日に行われた県議会の一般質問で、深田秀生教育長が明らかにした。”優秀校”の公表について県教委は「学校、家庭、地域が一体となり、学力向上に取り組む機運が一層高まる」と期待しているが、教育関係者の間には「点数だけが独り歩きし、学校間競争をあおりかねない」との声もあり、今後、論議を呼びそうだ。
大きな懸念
山岸治男・大分大学教育福祉科学部教授(教育社会学)の話 学力の向上に努めるのは当然のことだが、校名の公表には大きな懸念がある。結果だけを求めるなら学力は上がるかもしれない。しかし、その陰で、できない子どもが自責の念にかられたり、教員が子どもをお荷物に感じるなど、子ども、教員、保護者に深い傷を負わせてしまう恐れがある。地域から学校に対して正当でない評価も起きかねない。郡市別の公表なら励ましになるが、教育の「してはいけない一線」を越えている気がする。
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なんだかなあ?
まだ、こんな事言う人がいるんですね。さすが我が大分県。
「子供。教員、保護者に深い傷」って、どういう事ですか?
社会に出れば「結果責任」を問われるんです。
出来なければ、損をするし、もちろん傷つくのです。
それに耐えること、バネにしてがんばる気持ち、そういうことを学校で教えておかない。家庭でも、話さない。
そんなことだから、「心が弱い、傷ついたときの心の持ち方がわからない。」そんな、半端な大人が増えるのです。そして、一番の被害者はそういう教育を受けた子供たちです。
「やさしい」心を持ち、他者に思いやりのある教育をすることは賛成です。
しかし、今の教育は自分自身を甘やかすことしか考えていないのです。
思いやりをもって生徒と接することと、甘やかすことは大いに違います。
私は、中学生になって試験ごとに学年順位が廊下の壁に張り出されるようになりました。順位が落ちれば、悔しいし、上がればうれしい。これが、やりがいです。
人間は競争心があって当たり前です。
それをうまく利用して、長所を伸ばしてあげるのが教育です。
そして挫折にもきちんと向き合い、解決する道筋を示していくことが大切です。
このような意見が出る背景には、やはり教師の怠慢しかないと思います。
落ちこぼれを作ったら大変だ。
自分の生徒のできが悪いのがわかってしまう。
学校間競争になったら、今より仕事が増える。
指導力に自信がない。
そんな声が聞こえてくる気がします。