このブログの不具合のせいでちょっと嫌気がさしていたのですが。
結局引っ越すのも面倒なので、再度テストしてみます。ちゃんと更新できるかな?
さて、最近ローマ法王の死去に伴って新しい法王が選出されましたが、ヨハネ・パウロ2世の葬儀に
小泉首相が参列しなかったことには、ちょっと驚きを感じています。
ローマ法王はただの宗教指導者で片づけられる存在ではないはずです。
日本の外交にとっても重要なイベントなのになぜ出席しなかったのでしょうか?
やはり政治のバックについている日本の宗教団体への配慮だったのでしょうか?
それとも、それほど重要視しておらず「郵政民営化」の国会の方が大事だったのでしょうか?
私たち戦後世代は「政教分離」というアメリカから頂いた錦の御旗の元ある意味宗教への嫌悪感を植え付けられてきたような気がします。確かに一国の政治を宗教が支配すると言うことは独裁政治につながり、過去のあまたの過ちを繰り返すことであり危険なことには違いありません。
しかし、現実はどうでしょうか?
アメリカでは大統領が就任する際の宣誓はキリスト教の神に誓っているのです。
二次大戦後「政教分離」を押しつけたアメリカ自体がこのような実情なのです。
世界のほとんどの国で宗教は政治に対して何らかの力を持ち続けています。
あまり表沙汰にはなりませんが、日本の政治に置いても宗教団体が集票マシンとなり
陰で大きな力を持つ圧力団体となっていることは事実です。
世界各地で起こっている紛争も民族的な対立だけでなく宗教的対立が原因の一つとなっていることは間違いないでしょう。民族、宗教、経済の三つが渾然一体となって様々な紛争を引き起こしています。
民主主義を崇拝し、理性的で偏らない判断で政治を行うことが理想なのかもしれません。
少なくともそういう教育を受けてきたことは確かです。
しかし、その理想は現実とはあまりに乖離しています。
宗教が政治に関与することは絶対悪だと決めつけてしまう前に現実を直視して、他の国々とどうつきあっていくことが一番良いのか、見直さなければならないのではないでしょうか?